板橋春夫著『平成くらし歳時記』
評者・菅根幸裕  『風俗史学』28(2004.12)


『平成くらし歳時記』と題された本書は、民俗学の面白さと、生活上の身近な問題を研究する重要性を、多くの人に分かりやすく伝えることを目的としている。その記述方法の特徴は、時間軸をあくまで「現在」に設定し事例を紹介しているところである。また、地域も群馬県伊勢崎市という地方都市に限定している。このように歴史的にも、地理的にも絞り込んだ中で民俗学の立場から考察を加えている。
 このように紹介すると、自治体史民俗編の私家版のような印象を与えるかもしれないが、著者の問題意識と研究方法は決して小さくない。著者自身が述べているように、むしろ地域を絞り込むことによって、ディテールにこだわる記述が可能であり、しっかりとした地盤から的確な論理が展開されているのである。かつて多くの民俗学者が試みていた「内的視覚」の復活がここにあるといえよう。
 内容を紹介すると、第一章「住まいの今昔」として「靴を脱ぐ文化」・「食事の座」以下、現在ではどこの住居にも存在する事例を二一項目にわたり紹介し、解説を加えている。第二章「四季のうつろい」では、これも一般家庭にありそうな年中行事三十例を分析し、また、第三章「くらしのノート」では、月ごとに約十項目にまとめながら年中行事の事典としている。その際、初午やトウカンヤなど、従来民俗学で取り上げられてきた項目に加え、消防記念日やバレンタインデーなど、近年定着した慣習も解説されており、過去の再現ではなく現在我々が生活する上で、年中行事とは何かを視点に置いている。また、地域の特性や珍しさを追うのではなく、「身近な」・「あたりまえ」である事柄を、民俗として改めて考察しているのである。こうした姿勢は第四章の「くらしの中の酒」で論文として完結している。酒が飲まれる時と場を、非日常ではなく日常の中で分析している。
 著者のこうした視角は、いわゆる「微視」と言い換えることができよう。この「微視」の重要性が風俗史学で指摘されたのは、約十年前にさかのぼる。主唱者である芳賀登は、『日本風俗史学序説』(つくばね舎 一九九三年三月)の中で、「風俗史学は、もっと事実に即した面白味を持つ具体的なほり下げに魅力を持たせるべきである」とし、当時の風俗史学が、有職故実の研究を中心としすぎていることを警告しながら 
 「古いむかしへ遡及する前に、身近ヘサグリを入れてみるべきではないのか。そこら辺への関心を強めるべきではなかろうか。この種の現代感覚を大事にしてこそ風俗史学の脱皮が可能になるのではあるまいか」
 と提言している。芳賀が指摘したような様式の遡及への傾倒は、現在まで継承されており、風俗史学が逼塞していく可能性の一因をなしているといえよう。それゆえ、本書に「微視」の面白さを改めて教えてくれるような、新鮮かつ斬新な魅力を感じるのである。
 著者は、伊勢崎市役所に勤務しており、直接市民と接する立場に長くいることに、こうした水平な視角を生み得た要因があるのかもしれない。群馬県に地域を限定し、地道に調査を重ねた論文を多く発表している。特に、「死産における身二つの慣行」など、直接市民生活に触れた者ならではの新鮮な内容が大きな魅力である。それらを丹念に分析し、現在ではショッキングな事例が、かつて「あたりまえ」として行っていた理由に言及しているのである。以上のように、風俗史の研究者として「微視」を再認識し、改めて学ぶことができる好著といえる。


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