胡桃沢友男著『柳田國男と信州』
評者・巻山圭一  『日本民俗学』241(2005.2)


このたび、岩田書院から『柳田國男と信州』が刊行された。著者胡桃沢友男は、大正十(一九二一)年、長野県松本地方の民俗学者胡桃沢勘内の長男として生まれた。友男は東京獣医学校卒業後、日本放送協会に勤務した。三六年間の県外生活を経て、退職後松本に帰郷し、平成十二(二〇〇〇)年、七十八歳で逝去した。本書は著者生前の論稿をまとめた大冊である。原稿の点検整理と本書の解説は石井正己が担当している。
 本書の構成は第一篇「山間の古道からの発見」、第二篇「郷土研究から民間伝承論へ」、第三篇「補遺」、そして付篇からなる。内容は昭和五十三(一九七八)年に雑誌信濃に連載された「柳田國男と信州」がベースになっている。生前著者自身の手でまとめられるはずのものであった本書の巻頭には、著者生前の自らの手による「執筆の意図」が置かれている。それによると本書は、『定本柳田國男集』の「年譜」の不充分な部分を補って「信州における民俗学の昭和初期までの歩みを明らかにし、柳田研究の資にしようとした」ものであるという。本書の構成については、著者自身による「目次案」も残されていたということで、それを尊重した石井の仕事にも頭の下がる思いがする。石井によれば著者自身は柳田の死を契機に、執筆活動を「民俗の報告や論考」から「柳田その人に対する研究」に転換しており、後者の研究活動にあたっては、胡桃沢家に残されていた父勘内の遺稿や、勘内あての柳田の書簡が第一級の資料になっていったのだという。
 第一篇では柳田が信州において「山間の古道と峠越えに研究のテーマを発見する」過程を追っているが、この柳田の関心は、友男自身にも継承され、また友男の長男胡桃沢勘司の交通史研究に引き継がれている。この三代の民俗学研究者のあいだで、友男が勘内の遺稿集として『胡桃澤勘内集』(歌集・胡桃澤勘内集刊行會)・『福間三九郎の話』(論文集・筑摩書房)の発刊に努め、いままた勘司が友男の『柳田國男と信州』を出版したというかたちである。
 臼井吉見の小説『安曇野』は、評論家としての吉見が東京と信州の連接を動態的に描こうとしたものであった。このたびの『柳田國男と信州』は、柳田の年譜の空隙を補充するものであると同時に、『安曇野』同様、中央と地方との連結のメカニズムを描き出した異色の著作であるということができよう。

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