下野敏見著『田の神と森山の神』−隼人の国の民俗誌T−
評者・田中宣一  『日本民俗学』241(2005.2)


著者はいままで、南九州域での詳細な調査研究をもとに、それらとの比較から、日本列島全域はおろか東アジア・東南アジアの民俗をも視野におさめた幅広い研究を進めてこられた。幅広さは地域の広範さのみならず、信仰諸習俗から生業諸技術・民具・民俗芸能・口承文芸など対象とする研究内容についても言えることである。比較の特徴は、儀礼にしろ技術・民具にしろ、分布域を地図上に確定して伝播のありかたを推定し、地域の条件を考慮つつ内容分析をしようとする点にある。また、列島の民俗文化は巨視的に捉えた場合、南九州とくにトカラ列島付近を境にヤマト文化圏と琉球文化圏に二大別できるというのが著者の年来の主張であるが、そのような主張を含め右に述べたような研究態度は本書にも一貫している。
 本書はほぼここ五、六年以内に発表された、新たな問題意識にたった論考、講演内容、問題解説、調査報告などからなる。そういう点で本格的な学術書としてまとめられたものではないが、内容的には、いずれも著者の今までの研究を承け著者の現在の考えが十分に披瀝された書となっている。それら諸文章が、第一編「田の神と稲と森」、第二編「森山の神と岳の神」、第三編「比較民俗学の視点から」として構成されている。
 第一編は三章からなり、第一章「田の神と十字架(サブタイトル略、以下同じ)」と第二章「田の神石像(タノカンサア)の成立をめぐって」では、南九州の田の神石像は神舞いのもどきとして演じられた田の神舞いの姿を模したものではないかという新たな考えが提示されており、第三章「稲と森の問題」では、稲魂・田の神の祭りと森山での祭祀には関連があるのではないと説かれている。第二編は森山信仰および岳参りに関する六章からなり、従来各地の森の神が祖霊信仰と深い関係を持つと論じられていたことに疑問を呈し、背後に樹木霊・無縁霊などを想定する必要があるのではないかと述べられている。また、日本を含む東アジアの森山信仰を垂直信仰と水平信仰という観点から整理しようともしている。ただこれが、ときに学界で話題になる神の垂直降臨・水平来臨とどのように関連するのかについては言及されていない。第三編は、技術・民具(モノ)に関する六章からなる。そこでは、自給自足の生活から職人が出現していく過程、竹の文化、飛び魚漁の地域的特徴、門松の意味などについて、先に述べた著者の研究態度に則り自説が展開されている。
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