原田 敏明著『宗教 神 祭』
評者:板井 正斉
掲載誌:神社新報平成16年7月26日号


 本書の紹介を、個人的な話からはじめるのは妥当ではないかもしれない。巻末の略年譜によれば、著者が亡くなられたのは昭和五八年。当時、私はまだ小学四年生だった。いま手元にある『宗教と民俗』や『宗教と社会』等著作の全ては祖父が収集した後に譲り受けた。こうした縁をもって私は長らく私淑させていただいていた。憚らずに申し上げれば、原田学の第二世代ということになろう。

 さて、著者が亡くなられて約二〇年が経ったこの時期に、あらためて本書が出版された経緯は、その中心で尽力された牟禮仁氏による編集後記に詳しい。没後、ご遺族から数度に渡って寄贈された蔵書・資料の類は、皇學館大学神道研究所に「毎文社文庫」として収蔵されてきた。和本・洋装本はそれぞれ『原田敏明先生旧蔵 毎文社文庫目録』(平成八年、神道研究所)、『原田敏明先生毎文社文庫蔵書目録』(平成一六年、同研究所)にまとめられた。また九八〇冊に及ぶ覚書や原稿草案といった研究資料は「原田敏明毎文社文庫研究調査資料目録」(『皇學館大学神道研究所所報』六七、平成一六年)として報告され、三六六五葉にのぼる調査写真は『原田敏明毎文社文庫写真目録』(平成一六年、同研究所)に整理された。さらに平成一四年の寄贈資料の内に元原稿が納められた函があり、これが本書の出版契機となっている。牟禮氏によれば著者晩年にさらなる出版計画を持っておられたとあることから、本書がそのご遺志を継ぎ、かつまた一連の毎文社文庫や原田学への新たな架け橋となろう。

 本書は大きく三編構成になっている。私の興味に即して頁をめくると、第一編「本編」は、先の元原稿が若干の編集を伴いつつ収められており「宗教」「信仰」「神・神社」「神体」「祭」「司祭者」「評論」に「追補」を加えた構成となっている。また、辞書の項目執筆が多く収録されているのも本書の特徴であり「山の神」「御旅所」はもちろん「オハケ」や「宮座」「当屋」といった原田学の重要な研究対象について著者の考えが端的にまとめられている。さらに「評論」では学問観や当時の学会の様子などについても触れられていることから日本宗教学や民俗学の歩みを知る上で貴重な参考資料といえる。

 次いで第二編は「原田学研究」とし、所縁の深い六人の研究者から論説が寄せられている。本書の持つさらなる魅力は、これら原田学の再検討が今後の解釈において心強い指針となる点であろう。岡正雄氏の門下生である住谷一彦氏とヨーゼフ・クライナー氏は、ウィーン学派の歴史民族学や日本民俗学といった幅広い視野から原田学における「異文化接触への視点」の内包を指摘し、とりわけ宮座論の普遍性と特殊性を「開かれた性格の共同体祭祀論」と規定する。宗教学の立場からは岡田重精氏が、原田宗教論の特性について日本古代宗教論を基底とした氏神問題への積極的な関わりを述べている。また石井研二氏は、現代社会における宗教理解において著者の研究視点の重要性を再度指摘された。岡田・石井両氏が共にデュルケムとの関係性に言及しているのは興味深い。古代社会論については、歴史学の早川万年氏が触れられ、記紀・万葉に基づいた精緻な研究視点を考察された。さらに祭祀研究としては、櫻井勝之進氏が著者の「神宮に関する四つの新見解」をあらためて示されている。

 第三編「補編」では、故西川順土氏による「原田敏明小伝」や略年譜、著述目録といった関係資料が配されており、読み手としてありがたい。

 最後に、読後の感想をもって拙い紹介を終えたい。本書の編集は、著者を中心に車座になって議論を交わしたいわゆる第一世代の手による。原田学の広範な内容がさらに鮮明化された、まるでホログラムのような一書である。その上で早川氏がいうように著者の遺した「問いかけ」を、今こそ狭隘な価値観に捉われず、広く我々の身近な社会や生活の中から考えてみたいと思うのである。
皇學館大学社会福祉学部助手


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