保坂 達雄著『神と巫女の古代伝承論』 |
評者:関根 賢司 |
掲載誌:国文学 解釈と鑑賞69-8(2004.8) |
本書は、一九七七年から四半世紀にわたって営営と書き継がれてきた論攷およそ三〇篇を、六部、全二八章(補論二篇)へと編成した重厚な大冊である。 著者みずからの「序」に「意図したところは文学として自覚される以前の言語世界と神を軸とした古代日本人の世界観の解明である」と言い、さらに「神」と「神を迎える巫女」の登場する「祭祀空間」で演じられた「芸能と言語」が「文学と芸能の胎生と生成の場となった」として、折口信夫の「信仰起源説」に拠っていることを明言する。本書の意図と著者の立場は、きわめて明白である。 本書を貫き支えている方法は、綿密なフィールド・ワークと周到な文献渉猟、民俗学と国文学との不断の往還運動である。調査と考察と論証との危うげのない三位一体だと言ってもよい。 第一部「南島の神話とシャーマニズム」は、南島(奄美・沖縄・八重山)の神女・巫女と祭祀・儀礼・伝承の調査に基づいて、神話・神観念・他界観を考察し、海と山とが(他界ではなく)他界への通路だと論証する。 第二部「巫女と古代王権」は、第一部の巫女論を承けて、神と巫女という視点から、兄妹婚、神婚譚の問題に分け入り、斎宮や采女の本質を浮き彫りにする。第三部「神の誕生・罪の始原」は、さらに〈兄と妹〉の習俗、近親相姦の問題を掘り下げ、罪と罰、祓えと贖ないの考察から「罪」が「神に対する侵犯」であったことを論証する。 第四部「神楽と再生」は、奥三河の花祭、大神楽の調査に基づいて、神楽の成立と神楽歌の構造、遊部の本質とその呪術について考察する。調査と論旨の詳細を紹介できないのは残念だが、ついて見られたい、と言うことが書評(新刊紹介)の要諦なのであろう。 第五部「折口学の成立」は、折口信夫の沖縄採訪と「まれびと」論の形成、折口の青年期の精神的遍歴、折口と北野博美について、やはりフィールド・ワークと文献発掘とによって跡づけていき、第六部「折口名彙の生成」は、「精霊」「あまつつみ」「みそぎ・はらへ」の解説・考証であるが、おのずから第一〜四部のシャーマニズム、近親相姦、罪などの諸問題と通底し、連環していく。 本書を通読して、ふと「学統」という古風な言葉を思い出した。折口信夫−池田彌三郎−西村亨−著者、という系譜である。それを縦軸とすれば、長谷川政春、古橋信孝、森朝男ら古代文学研究者との交流が横軸となって、その交差する所に成立したのが本書であるから、よく〈学〉の現在を映し出している。南島と古代の文学・民俗に関心を寄せる人々に、是非とも奨めたい稀に見る良書である。 折口学に拠る本書が、折口学を検証しつつ随所に新見を提示しているにもかかわらず、予定調和的な既視感を否めない部分のあることを言い添えておこう。天つ罪は、雨つつみの一語のみで解けるのか、と。 (せきね・けんじ 静岡大学教授) |