田中 正明著『柳田国男の書物 −書誌的事項を中心として−』
評者:板橋 春夫
掲載誌:日本民俗学238(2004.7)


 本書は、田中正明のライフワークである柳田関連書誌研究として『柳田国男 書目書影集覧』『柳田国男 私の歩んできた道』に続く第三冊目の著書である。

 田中は、柳田国男(一八七五〜一九六二)を単なる民俗学者という枠に閉じこめず、高邁な啓蒙思想家という視点から幅広い書誌学的検討を試みる。柳田が生涯を通じて世に送り出した著作は膨大な数にのぼるが、いったい何冊の単行本を世に送ったのか。田中はそれらを丹念に精査し詳細な書誌学的研究を押し進めた。

 田中の研究によると、柳田国男の単著は一五三冊あり、全編書き下ろしの書物は二七冊と少ない。著作の四分の一は既発表論考をある主題に沿ってまとめたもので、柳田の膨大な著作は彼の卓越した見識と類い希な執筆力によるものであるという。

 柳田の著作は、『最新産業組合通解』(一九〇二)を嚆矢として『後狩詞記』(一九〇九)、『石神問答』(一九一〇年五月)、『遠野物語』(一九一〇年六月)と続けて刊行された。それらの出版形態は自費出版かそれに近く、『遠野物語』は自費出版だが三五〇冊のうち一部が販売にまわっただけであり、現在のベストセラーとはほど遠い。『石神問答』に至っては売れ行きが芳しくなく、出版社では書籍を包装紙に再利用したエピソードが残る。乗車券の実物入手から旅する柳田を掘り下げた章など興味は尽きない。柳田国男の書簡研究も詳細を究める。

 煩雑な書誌研究には一覧表が必要であるが、本書の図表類はいまひとつ工夫が欲しかったし、索引の欠如はなによりも惜しまれ、論考の重複も気になる。しかし、それらのマイナス点を差し引いても、本書が柳田国男の著作の全体像を知る上で必読文献であることは間違いない。


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