大石 学編『近世国家の権力構造 政治・支配・行政』
評者:岡崎 寛徳
掲載誌:日本歴史674(2004.7)


 本書は編者大石学氏を中心とした、東京学芸大学近世史研究会の「共同研究」成果論文集である。執筆者は編者以外一九七〇年代生まれで、卒業・修士論文を発展させたものという。収録される序章と十本の論文について、簡単な紹介と若干のコメントをしたい。

 序章の大石学「近世国家の権力構造−政治・支配・行政−」では、刊行にあたっての全体の課題・視角・構成を記す。近世国家の権力構造の解明が課題で、「政治(権力行使)・支配(統治)・行政(政務)といった機能」から分析し、その際は「役」に注目するという。また、構造的視角と動態的視角という二つの分析視角をあげ、前者は幕府・天皇・大名・旗本の個別権力から、後者は近世前期から後期への展開過程から見ていくと述べる。

 第一章の大石学「寛永期一柳氏の分知について−家臣団とアーカイブズの分割−」は、一柳氏の寛永一三年六月・一一月分知の実態を検討したものである。三家に分知した一柳氏は、家臣団を分割するとともに、「歴史的価値を有する重要な文書」=アーカイブズも分割し、整理・保存、また相互に書写したことを明らかにしており、史料論としても位置づけられる。

 第二章の野村玄「近世天皇葬送儀礼確立の政治史的意義−後光明天皇葬送儀礼の検討を中心に−」は、承応三年の後光明天皇葬送儀礼について、その挙行形態を復元するとともに、政治史的な位置づけを論じる。前代との比較も行い、以後の基調や規定となったことを明らかにする。幕府の政治的意図・背景も見えて興味深い。近世前期〜中期の個別かつ総合的な天皇論・朝幕関係論のさらなる深化がのぞまれる。

 第三章の佐藤宏之「越後騒動に関する一考察−幕藩権力構造分析の視点から−」は、家臣団構成の変化から越後騒動の原因を探り、「血縁関係にとらわれない支配機構への転換」に伴う家臣間の対立が継嗣問題と絡んで起きたものとする。また、越後騒動親裁(改易)は「将軍の専制権力を確立」するため、津山松平家の創出(再興)は「将軍側近体制を固めた」ものと綱吉政権を評価する。はたして側近体制は固まったのだろうか。

 第四章の根本俊「水戸藩連枝の支配機構−守山藩常陸領を中心に−」は、水戸藩分家の一つ守山藩の在地支配機構の実態解明を行ったものである。常陸領における松川陣屋郡奉行や山横目の実態・役割に注目し、藩政の実権が水戸藩から派遣されてきた家臣に握られていたことや、在地では多くの農民を登用していたことを指摘する。他の連枝の状況も知りたい。

 第五章の中村大介「享保初期政権に関する一考察−徳山毛利藩再興運動を中心に−」は、萩藩支藩である徳山藩の改易から再興までの経緯を明らかにし、再興運動から享保期の幕政史へのアプローチを行う。徳山藩浪人や商人が再興運動を主に担っていたことは注目に値する。再興運動を詳細に検討した好論であるが、当時の訴願システムなどを一事例にとどめずに解明してほしい。

 第六章の竹村誠「御三卿の領知変遷」は、御三卿それぞれが有した領知について、全体的な把握を行ったものである。領知替えについては「経済的な優遇措置」を見出し、支配のあり方は関東・甲斐・上方の三地域に分かれていたことを指摘する。今後はより詳細な「御三卿領の支配構造を明らかにしていく作業が必要」であり、他家との比較検討といった、次への展開が待たれる。

 第七章の橋本光晴「転封に関する一考察−明和四年前橋藩主松平朝矩川越転封の実態−」は、松平朝矩の前橋から川越への転封について、藩主家、家臣、寺院の「引越の実態」を明らかにしたものである。多くの事例を紹介し、興味深い視点であるが、先行研究にほとんど触れていない点が残念。とはいえ、このように転封・引越の実態を詳細に検討することは非常に有意義なことである。

 第八章の福井那佳子「高家の知行所支配−戸田氏・今川氏を事例に−」は、高家戸田氏・今川氏の武蔵国知行所を中心として、高家が担う「京都御使・伊勢御名代・日光御名代の三つの職務」から知行所側の高家役負担、主に人足役の徴発・費用について明らかにする。村々の用人役免嘆願運動は興味深い。後述『高家今川氏の知行所支配』との関係をより明確にしても良かっただろう。

 第九章の野本禎司「幕末期の旗本の「役」と知行所支配−一五〇〇石の旗本牧野氏を事例に−」は、「役」を通じての旗本牧野氏と武蔵国知行地の関係を論じたものである。特に、幕末に増大する幕府からの課役への対応と、安政五年の家政改革を主として検討している。前後の時代や他家との比較が求められる。

 第十章の三野行徳「近代移行期、官僚組織編成における幕府官僚に関する統計的検討−『明治五年官員全書』を中心に−」は、幕府官僚の領主的側面と官僚的側面のうち、後者に注目し、明治政府官僚へと多くの人材が引き継がれたことを明らかにしたものである。『明治五年官員全書』から出身地別の統計を示し、旧幕臣の重要度を浮き彫りにした。登用する側される側それぞれの意図・目的など詳細な分析が待たれる。

 さて、本書全体については、序章にあるように、武家に関する九本の論文に対して、他は朝廷に関する論文一本のみである。このアンバランスは、刊行が当初からの目的ではなく、執筆者各々の問題関心が元々異なることに起因すると考えられる。また、序章を後で付け足した感は否めず、各章にとって「役」は前提にしか見えない。「共同研究」ならば本書全体で解明した点を明示しても良かったと思う。

 編者および東京学芸大学近世史研究会は、先に『高家今川氏の知行所支配』(名著出版、二〇〇二年)を刊行し、『近世国家権力と公文書システム』を続編として予定しているという。 若手の研究者にとっては得がたい機会である。本書でも各々が独自の関心・視点を持ち、三冊目にとどまらない勢いもある。成果刊行を心待ちにしたい。各章にはいくつか疑問点もあるが、希薄な研究分野へ果敢に取り組む姿勢を今後も貫いてほしい。
(おかざき・ひろのり 日本学術振興会特別研究員)


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