越佐歴史資料調査会編『地域と歩む史料保存活動』
評者:前嶋 敏
掲載誌:新潟史学51 (2004.5)


 歴史資料の保存、また調査の重要性は各地域で叫ばれ、さまざまな試みがなされてきている。そうした動向の中で、越佐歴史資料調査会(以下調査会と略称する)は、新潟県東頚城郡安塚町で平成九年から五年間、史料保存活動を行っている。本書はその活動の記録であり、調査地域の方々を意識して、史資料に対する取り組みについてもわかりやすく記述している。また活動の試行錯誤過程も記述されており、歴史資料保存活動を行う者にとっても参考になろう。

 そこでまず、本書の構成を掲げ、以下に紹介を行っていきたい。(目次省略)
 
 調査会の設立趣意はプロローグに触れられているが、@地域に残された、先人の足跡を伝える歴史資料の散逸・滅失を防ぐA共同で歴史研究を行う場を設け、さらに史料保存ネットワークが形成されることを願うB市民参加の史料保存活動を実践するC史料の存在した地域、また所蔵者の許にあってこその史料という点を意識し、現状を尊重した史料整理、フィールドワークのあり方を追求する、という四点にまとめられる。特徴的に思われるのは、Bに示されるような、地元の方々と共に活動を継続する市民参加形式にあり、この理念には注目すべきであろう。また調査地に対し、調査会としてどのように貢献していくか、という意識が強く見られる。地域に対して如何に還元するかということは、史料保存活動を行う者にとって重要であり、その方法は問われ続ける必要があろう。

 第一・二章は、調査会誕生までの背景としての史料保存活動、文書館の設立について述べている。第一章では調査会誕生に至る前提として「史料の現地保存主義」の全国的な歩みを辿り、それを踏まえて第二章で新潟県内における地域史研究の歩みと県立文書館設立の経緯を述べる。また、現状記録の考え方が芽生えた調査の全国的な状況が示されている。

 調査会は、こうした新潟県内における地域史研究ならびに保存活動を前提として成立したものであり、それらを抜きに語ることはできないものと思う。史料保存活動の歩みを記述することで、より調査会の特徴があらわれている。

 なお各調査において現状記録が行われるようになっていったことは、史料整理のあり方が大きく転換し、保存状況をも重視するようになったことを示している。調査会理念の前提に関する動向の記述として興味深い。

 第三・四章は、調査会の行った実際の活動とその成果の一端について述べている。具体的な調査会の活動内容に関する中心的な部分である。

 調査会は、史料保存活動にあたり、所蔵者に対して調査の目的や方法を伝え、また整理後の対応についても参加者で共通理解をはかっている。「市民参加」の示す通り、参加者に多くの地域住民が含まれ、時期等によってメンバーが大きく異なることがあるため、打ち合せを何度も行い、問題点があればその度に改善しているという。現状記録においても写真撮影、略測スケッチ等のほか、ビデオや立面図、平面図なども用いて方法を深化させており、メンバーが毎回異なる可能性のある調査会では、このように打ち合せを慎重に行う必要があろう。

 史料整理については、調査会では後述する山岸家屏風下張り文書調査以後、ラベル貼付による方法をとり、目録をとっている。重要と思われるのは、古文書を扱うにあたって地域住民のくらしを意識している点である。史料の整理にはさまぎまな方法があり、調査会でも当初は一点一点を中性紙封筒に詰めて整理していた。しかし、その手法ではもとの状態以上に容積が多くなってしまい、収納場所が不足してしまう。整理方法はさまざまであり、収蔵環境やその他の条件によって変化するものと思われるが、このような実施に至る過程に関する記述は今後参考になるものと思う。各地で行われている調査の方法と比べつつ、地域の現状にあわせてよりよい整理法がさらに深められていくことを期待したい。

 調査会では、会報の発行、報告会開催などによって地域とのコミュニケーションをはかっている。会報では各活動の速報、参加者の感想等を載せ、活動の現状を伝えている。報告会は住民に対して歴史認識を広げ、また整理した古文書そのものへの関心を高める効果もある。そのことによって調査会の活動趣旨の理解をさらに得ることができる。活動の中で山岸家屏風下張り文書を発見したことは、所蔵者が調査会の活動趣旨を理解した上での情報提供があって成立したものであり、活動が地域で認められていた証拠であるといえよう。第四章では、この屏風下張り文書について、発見の経緯から具体的な整理方法、それによって得られた知見を述べている。この成果は、地域の住民に対して活動の流れを明確に示すことができるという意味でも意義があり、こうした活動や成果に関する報告が積み重ねられるべきであろう。史料を保存し、後世に残していくためにも、地域の歴史意識を高める必要があるものと思う。

 なお、この活動では下張り文書のみではなく、屏風の表書や屏風そのものについても検討が試みられている。歴史資料保存は古文書に限らず全体として行われるべきであろう。屏風の構造について文化財修復にも詳しい表具師の参加を願い、また表書の漢詩の解釈についても専門家に依頼することなどによって、調査会のネットワークも広がっている。そうした点からも、調査会の史料保存に対する意識が伺える。

 表書や構造から、屏風は江戸後期辺りに製作された、六曲一双の家訓のような内容を記したものであったこと、非常に丁寧に仕立てられていたことなどが判明したが、これらによって下張り文書の理解度も大きく異なり、史資料を全体として保存することの重要性を思わせる。

 下張り文書は天和〜元禄期を中心に二〇〇〇点に及んでいるが、その中身は下書類や暦といったもの以外にも、訴状類等が含まれており、年貢関係史料を中心とする山岸家伝来文書と相互補完関係にある、とする。下張り文書と伝来文書の関係、さらに屏風の制作年代もあわせ、庄屋の文書管理のあり方として興味深い指摘と思う。

 文書の中身は多岐にわたり、百姓の家族構成や農作業の様子なども具体的になるという。下張り文書の発見、整理によって、村の歴史が新たになることは、史料保存活動の意義をあらためて問うことになり、大きな成果であるといえよう。そのことで所蔵者が屏風ならびに下張り文書を大切に後世に伝えていくことを意識したことも重要と思われる。さらに調査会の参加者全員が下張り文書に親しみを覚えて調査を行うことの喜びを得ており、本屏風調査は調査会に多くのことをもたらしたと思われる。

 本書では、整理における混乱や失敗も記述している。今後調査に臨む者にとっても興味深い記録であると思う。評価すべき点、また反省点を分析し、次に活かしていく必要があろう。調査会の意義と限界についても触れるこれらの反省は傾聴すべきであると思う。

 第五章では、史料保存活動を通じての地域とのコミュニケーションについて述べている。調査会では会報、報告会や他の活動を通じてコミュニケーションをはかり、地域の思いを感じている。調査会の支援者としては、自主的に行われていた古文書講座(愛好会)の人々等が見られ、そうした方々の協力もあって調査は行われていた。本書では地域の方々と交わる際、如何に溶け込むかという課題と調査会の実践が示されている。

 また地域における調査には行政の協力も重要であるが、調査会は町議会でもとりあげられ、そうした協力体制を築き上げた事例と思われる。さらに本書では文化行政担当者の短期間での交代という事態が続いていたこととそれによる問題が記されており、今後の文化行政のあり方についても問題を提起している。

 安塚町では過疎化に対する危機感から町の古文書を記録にとどめたいという思いがあり、調査会の活動以後、地域が主体となって古文書目録を作成する動きが見られるようになったという。史料保存活動の団体のみでは地域の思いすべてに応えきれないこともあるが、地域主導で史料保存活動が行われていったことは、調査会活動にとって意義のある結果といえよう。本書を通し、全体的に歴史資料の保存、活用への関心がさらに広まっていくことが望まれる。

 史料保存活動には多くの問題が残されており、市町村合併によって行政が管理する公文書、古文書の行く末を按ずる声も多い。とくに、そのことによって地域の歴史を喪失してしまうことに危機感を覚える地域も多いという。地元に保存されている史料を現状のまま保存する運動も、今後いっそう必要性を増すことであろう。近年進展している史料管理学が、本書に示されるような実践とともに進展していくことが望まれる。エピローグではそうした問題についても触れている。

 本書の示す、所蔵者こそ史料保存の一番の理解者であるという視点は、史資料の保存や利用にとって重要であろう。所蔵者や地域社会などとの信頼関係の構築、発展はどのような調査においても常に課題として挙げられる。調査会の史料保存活動は、地域アイデンティティの構築にもつながっており、本書はそれを具体的に伝えている。

 なお、調査会の掲げる趣意のうち、共同研究の場として史料保存ネットワークの形成を目指すという点については、屏風下張り文書の成果や、活動に多くの研究者の参加を見るなどの状況が見られるものの、本書では書名の示す通り、むしろ地域との関わり、史料整理の問題などに重点が置かれており、それ以外の成果公開や共同研究の場としての活動または成果については示されていなかった。今後、活動全体の中でさらにネットワークが形成されていくことを期待したい。

 本書は今後史料調査等に関わる方々にとっても重要な書となろう。手にとりやすい価格でもあり、是非一読していただきたいと思う。

 以上、本書の紹介を記してきたが、誤読・誤解等があれば、何卒ご寛恕いただきたい。
(新潟県立歴史博物館)


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