天野 武著『わが国における威嚇猟とその用具−野兎猟の場合を中心に−』
評者:森 俊
掲載誌:日本民俗学237(2004.2)


 著者はここ三十年来野兎の威嚇猟(猛禽類の飛来に擬すべく、ものを投げたり振り回したりして、その結果穴中に驚き逃げ込んだ野兎を穴中で手掴みにする猟法)に関する詳細な事例蓄積を行なっている。その傍ら、野兎の異名・特殊名、野兎の四肢跡の呼称、兎を冠する地名、野兎に関する口承文芸といった個別事例を踏まえた総括的論考も次々とものにしている。本書はそのような総括論考のうち威嚇猟具に焦点を当てた一書といえる。

 全体は、「序章」「第一章猟の確認地」「第二章威嚇猟の類型分類」「第三章威嚇猟の特色と今後の課題」の四部構成となっている。序章はさておいて、第一章では威嚇猟が日本海沿岸域山間地帯を主として、これと近接した地域もしくは類似した自然環境にある地域に分布するとする。本書の中心たる第二章では、威嚇猟を威嚇手段によりものを投げ飛ばす場合とものを振る場合とに二大別、更に猟具に着目して前者を竹・木の棒切れ、木の蔓、藁で編み上げたもの、捕食者を模したもの、薄い板切れ、矢、後者を専用の威嚇猟具、転用の猟具に細分、それぞれの実例を数多く挙げている。中には猛喙類の鷹を擬したと明白にわかるものがあることに留意したい。威嚇猟の淵源を伺わしめるに足る重要な手がかりとなるからである。分類案の下位分類をなす猟具の多様さにはただただ驚かされるとともに、豊富な添付写真がその多様さを際立たせている。そして第三章では、威嚇猟が生態系もしくは食物連鎖を洞察した猟法であること、多発的発生であること、猟技術には雪上の四肢跡を手掛かりに野兎の寝臥す雪穴を探し当てるなど様々な知恵が凝縮されていること、威嚇猟具は単純なものから複雑なものへと緩やかながらも発展してきたこと等を指摘、アイヌ、東北アジアなどの比較資料収集が課題と結ぶ。

 従来狩猟伝承研究というと熊・カモシカ等の大型哺乳類いわゆる大物中心になされてきた感がある。それに対して本書は従来看過されがちな小物=野兎猟に猟具面から光を照射している。またとかく伝承に大幅に依拠しがちな狩猟伝承研究に民具研究の成果を導入している。結果、叙述が具体的かつ説得力に富むものとなっている。元来社会伝承研究(若者組研究)から出発した筆者が傍ら民具研究に精進してきた成果が遺憾なく発揮されているといえるだろう。今後野兎の各部処理等の総括的論考が俟たれる。


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