佐久間 耕治著『底点の自由民権運動』
評者:矢嶋 毅之
掲載誌:自由民権17(町田市立自由民権記念館)(2004.3)


 この『自由民権』の民権ネットワークにおいて毎回千葉県の動向を紹介している佐久間耕治氏が前著『房総の自由民権−歩きながら考え、考えながら歩き続けて』(崙書房、1992年)刊行後の論考などをまとめた『底点の自由民権運動−新史料の発見とパラダイム』(岩田書院、2002年)を上梓された。

著者は常々自身のことを在地型研究者と称している。著者の丹念な地域史料の掘り起こしによって、これまで多大な研究成果があげられているが、こうした研究は同時に自由民権運動の顕彰にもつながっている。著者は論考のなかで民権家を紹介する際、その民権家の遺族の有無など現在の様子についてふれている。この点について評者は著書が自由民権運動というものを単なる研究に止めることなく、顕彰運動にも十分配慮していることを感じるのである。

 本書の構成は以下のとおりである。(中略)

 ここで評者が本書において注目すべき点をあげながら若干ではあるが紹介したい。

 第一章では、著者の研究テーマのひとつである千葉県出身の民権家・桜井静に関する新史料を紹介している。著者は以前から桜井静が国会開設運動において愛国社路線よりも早くかつ別個な動きであることに注目していた。

 ここで紹介された史料のひとつである「国会開設認可懇請法協議臨時会開会ノ報告」には、三府三十一県に及ぶ四〇〇余名の県会議員の名が連なっている。桜井の提案に対する反響の大きさを示す好史料といえよう。

 第二章も新史料の紹介である。未発表の「自由党本部報道書」を中心に、史料発掘の成果をあげている。自由党研究の現状にふれており、今後の研究に一石を投じたものといえよう。

 第三章は、千葉県において加波山事件の中心人物のひとりである富松正安の隠匿に関わり、その後官吏侮辱罪によって夷隅郡の自由党員が逮捕された事件を取り扱ったものである。警察側の捜索記録をもとに詳細な説明がなされているとともに、当時の民権家たちの緊迫した雰囲気が伝わってくる。

 第四章・第五章・第六章は、自由党解党後の千葉県の民権運動を対象としたものである。この部分は本書の大きな特色といっても過言ではないだろう。千葉県における三大事件建白運動および大同団結運動に関しては、これまで手薄な分野であったが、著者によって大幅に前進されたのである。

 第四章では、自由党解党後の県内の民権家が弾圧と衰退のなかで運動を継続していた軌跡を紹介している。そして一八八七年の全国的な展開をみせる建白運動のなかで、県内の動向を分析したうえで、言論の自由・地租軽減・条約改正の三大事件に地方自治を加えた四大事件という新たな視点を提起している。この指摘は研究の進化を促すうえでも重要といえよう。また第七章の「四大事件建白」と「憲法五十年」のなかで、現在の教科書などは「三大事件」と叙述されているが、近年の研究から「四大事件」あるいは「五大事件」とする見解があることを紹介するとともに「事件」とするのではなく「事項」「要求」とした方が適切であると言及している。

 第六章は詩人・北村透谷(本名・門太郎)が三大事件建白運動に関わった軌跡を紹介したものである。ここでは新たな史料を提示したのではなく、既出史料のなかからこれまで見落とされていた事実を見出した新発見である。評者はこの論考に接して史料への取り組み方について改めて教えられた。

 最後に後書きについて触れておきたい。新刊紹介という項目のなかで後書きをとりあげるのは他に例のないことではないだろうか。しかし、本書においてはこの後書きに著者の自由民権運動への真摯な態度を読み取ることができる。

 著者はこれまで色川大吉氏が主唱した「底辺の視座から」という視点に感銘をうけ、研究を続けてこられた。しかし、近年著者が千葉県館山市にある「かにた婦人の村」(身も心も疲れ果てた女性達が集まり肩寄せ合って生きて来たコロニー)を訪問した際に牧師(故人)から「民衆は辺ではなく点として存在し、皆孤立している」との講話を聞き、それ以降底点志向に傾斜したとある。「底点」という言葉は辞書にはなく、著者はその牧師の内部世界の深奥から発せられた啓示であると解釈している。現在、著者は底点の自由民権運動の入り口で佇立しているとし、まだ著者自身のなかで確立した概念を得ていない。しかし、それも近いうちに著者は明確にされることであろう。

 さて民権一二〇年に関わる動きが全国各地で紹介されている。しかし、民権百年の高揚と比較すると静かな動きといえよう。民権一〇〇年の運動形態がどちらかといえば顕彰運動に勢いがあったように感じられた。その後の二十年については、研究の多角的な捉え方もあって決して総括な結論が導かれたとはいえない。しかし、自由民権運動において研究と顕彰は表裏一体といえるのではないだろうか。今回改めて著書を熟読すると、そのような結論を得たのである。

 現在、インターネットで「自由民権」を検索すると約三七〇〇件に及ぶ情報が検出される。そのなかには著者が開設した「房総自由民権資料館」がある。本書とならんで著者の活動が紹介されている。機会があれば、是非ご覧になっていただきたい。著者の歩み続ける研究と顕彰をご理解いただけよう。
(やじま たかゆき/成田山霊光館学芸員)


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