天野 武著『わが国における威嚇猟とその用具−野兎狩りの場合を中心に−』
評者:今村 充夫
掲載誌:市史かなざわ10(2004.3)


 天野武氏の業績で野兎狩りに関するものが多大である。単著書で、『野兎狩り』(秋田文化出版、昭和62年)を始めとし、今回の著書は、四冊目である。論考として初期のものに「白山山麓の野兎狩り−雪と人間との関わりを中心に−」(「日本民俗学」103、昭51)があり、それ以前にも、『白山麓−民俗資料緊急調査報告書−』(石川県立郷土資料館刊、昭48)で、白峰村と尾口村の「狩猟」に既出している。これらを始めとして野兎狩りの論考は概数で135篇以上に及んでいると思われる。このたびの著書は全国的調査資料に依ったものである。

 まず序章では、威嚇猟とは嚇す手段を講じて得物を生け捕りにする猟で、典型的例が野兎捕獲に見られ、積雪地帯に広く分布しているという内容の概説となっている。

 第一章では「威嚇猟の確認地」を示す。確認地資料の一は全国府県別確認地数を整理したもので、24府県で411地区が確認されている。確認地の多数にのぼる県を挙げると、新潟県80、秋田県69、岐阜県38、石川県27、富山県22、長野県21の順である(以下略)。次に威嚇猟確認地区一覧の表が秋田県・群馬県・新潟県・岐阜県・滋賀県・岡山県の各県ごとに作成されている。これは東北地方・北陸地方・東海地方・近畿地方から各一県を選んだのである。その一覧表の項目は、「確認地」「猟法または猟具の一般的呼称」「備考(出典等)」を設定したものである。筆者が書評に選んだ根底には、石川県の威嚇猟確認地数量が多く、また著書が石川県出身で金沢市に永く居住して調査していたことの意義を多としたからである。

 第二章では「威嚇猟の類型分類」をする。大別すれば、投げ飛ばし用威嚇猟具と振り用威嚇猟具とする分類であるが、この分類に定着するには容易でなかったようである。第一に猟具の細部に創意工夫が凝らされていたり、第二に用具・猟具と解しがたいものがあり、第三に投げとばし用と振り用が截然と区分されず両用に使用されることがあるからである。例えば当初は振り用の棒切れが次には投げ飛ばし用に用いられていた(群馬県水上町)。逆に投げ飛ばし用棒切れが振り用となった(新潟県新発田市滝谷新田、富山県立山町芦峅寺)などの例がある。

 次に猟具の具体的分類がなされ精細な考察にもとづいた解説がなされた。

 一、投げ飛ばし用威嚇猟具(専用と転用のもの)

1、竹・木の棒切れ(10センチ以内)。
2、木の蔓、輪状に曲げ柄・藁編み・縄を張る。
3、藁で編みあげたもので、白山麓のシブタは長い尾を付ける。
4、捕食者のタカ類を摸したもの。
5、うすい板切れ。
6、矢、弓で射るが威嚇用。
7、転用・不定型猟具。

 二、振り用威嚇猟具

1、専用の威嚇用具、長目の棒、短目の棒、竿に音を立てて付けたもの。
2、転用の威嚇猟具、藁で編んだ先端にふくらみのあるもの。スキー用のストック。

 第三章「威嚇猟の特色と今後の課題」では、

 一、威嚇猟の特色

1、威嚇猟の対象となった鳥獣
 威嚇猟の主眼は野兎にあったが、ヤマドリ追いの場合にもこの猟法が山形県・新潟県・長野県・岐阜県において行われていた。ただし野兎狩りは単独で行うことができたが、ヤマドリの場合は集団的猟によった。

2、生態系を洞察した猟技術
 威嚇猟の根底には得物をその天敵との関係により編み出された猟法であったため存続してきたともいえる。その根拠の一は、投げ飛ばす、振るなどの威嚇はタカ類の生態、たとえば「鷲づかみ」など、野兎を空中から襲いかかり飛び去る所を目撃している点にある。その二に、天敵タカ類が襲ってきたごとく擬装した技術に支えられた。たとえば山形県ではこの猟法をタカトリと称し、猟具をタカボウ(鷹棒)と称している。その三は、威嚇猟と並存してタカヅカイ(鷹使い)猟が伝わっているという。その鷹は熊鷹を調教して野兎を捕らえるという。

3、威嚇猟は多発的発生であると解される
 威嚇猟技術の発生と伝播の関連は不明だが、自然界の生態系、積雪条件、植生などの、総合した上での猟法と思われる。すなわち自然発生的に多発しそれぞれに改良が加えられたのであろう。

4、猟技術には様々な知恵が凝らされている。
 その一、野兎の所在をつかむ手掛りとして四肢跡。その二、野兎は日中寝ふす雪穴の口に外貌を見せる。その三、猟具に複数種類がある場合、そこに順次がある。藁製具と木棒切れは、最初に藁製具、次に棒切れである。

5、猟技術に発展の痕跡が見られる。
 単独なものから複雑なものへ移行。

6、乱獲の防止に通ずる猟。
 威嚇猟は徹底しないから乱獲が防がれる。

 二、威嚇猟の今後の課題

 威嚇猟の歴史的に遡れる時代についての考察、威嚇猟は国外にもあったかどうかの考察等である。

 天野氏の猟具に対処する考えには、猟具の形状・機能・製作の心、操作の場等が一体となってとらえられている。

 野兎狩りは里山で行われ猟具も手軽で年間の生活の合間に行われてきた。猟法も普遍的なものであった。兎狩り民俗調査の意義は重要である。
(いまむら みちお 加能民俗の会名誉会長)


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