佐久間 耕治著『底点の自由民権運動』
評者:大内 雅人
掲載誌:歴史評論644(2003.12)


 本書は、前書『房総の自由民権−歩きながら考え、考えながら歩き続けて』(崙書房、一九九二年)に続く、一〇年間の研究成果をまとめた書である。題名にある「底点」とは何か。色川大吉氏の「底辺の視座から」という言葉に強い影響を受けつつも、千葉県館山市「かにた婦人の村」故深津文雄牧師から「民衆は辺ではなく点として存在し、皆孤立しています」という講話に強い影響を受け、以来、「底点」という認識を重視するようになったとする。

 本書で貫かれていることは、房総地域の民権運動に関する「新史料」の発掘作業である。茂原市「齊藤自治夫文書」(第四章)をはじめ、研究史上において新たな意義を持つ未紹介の、三鷹市「吉野泰平家文書」のなかの桜井静関係史料(第一章)、大原町「井上幹家文書」のなかの「自由党本部報道書」(第二章)、北村透谷関係史料(第六章)など、多くの貴重な史料が紹介されている。また「第三章 一八八四年自由党夷隅事件の捜索過程」では、千葉県大原町の井上家文書を通して、先行研究が少ない、警察による家宅捜索の過程を再現している。押収された物件は自由党による書簡群で、その書簡の多様さは民権家である井上幹の政治的社会的人脈の広さも表している。

 次に、これまで研究蓄積が少ない、房総の建白運動について創見が示されていることも本書の特色の一つであることを指摘しておきたい。すなわち、「第四章 房総の「三大事件」建白運動」「第五章 近代史料の解読」、「第六章 三大事件建白運動と北村透谷」などがその論証である。従来の「三大事件」建白という用語よりは、「地租減少」「自由言論」「国会準備ノ方法」「条約改正」など「四大事件」建白運動、あるいは「建白書首都集中運動」と呼ぶことを提唱しており、傾聴すべき意見であろう。

 本書は、長年にわたる研究・教育活動の実践が基盤にある。著者は一九八七年八月、鴨川市市民会館で第一回の展示会を開いて以後、「房総の自由民権資料展」を開催し、現在は「房総自由民権資料館(Digital Musuem)http://www3.ocn.ne.jp/~minken/」も主宰している。自由民権運動が各地域・諸階層の運動を地盤にそれを越えたネットワーク作りの上に進められたことを考えれば、氏の地域に根ざした取り組みは、民権運動の精神を受け継ぎ実践するものであり、今後の民権研究の一つのあり方を示すものとして重要であろう。「自由民権一二〇年」を謳い、地域の研究・顕彰を目標に、二〇〇一年七月から開始された「全国自由民権研究連絡会」の活動において、氏の果している役割は大きい。

 今後、房総地域の民権運動研究を学ぶ読者に読まれることを期待したい。
(おおうち まさと)


詳細へ 注文へ 戻る