大藤ゆき編『母たちの民俗誌』大藤ゆき米寿記念出版2
評者・佐藤泰子 掲載紙 女性と経験 24(99.10)

本書は大藤ゆき氏の米寿記念出版の二書の内の一つである。執筆者の年代は、二十五歳から八十八歳に亙っている。気鋭の女性研究者十八名の論文がそれぞれ寄せられている。
序章「お袋幻想」の大藤ゆき「家と男性」以下、第一章「母の誕生」では、大林道子「お産今昔」・小林笑子「富士山麓の子安信仰」・繁原幸子「名付けの民俗」、第二章「形成される母」では、福尾美夜「「手とおし」から「イロ」を縫うまで」・佐々木美智子「産育儀礼の時代性」・花部ゆりいか「「ことば」で綴る産育習俗」・高野享子「ドイツ子育て日記」、第三章反応する「子ども」たちでは、杉浦邦子「聴耳の芽生え」・今井登子「子ども盆の火祭り」・粂智子「祭りにおける子どもの役割」・保坂和子「出会いと別れの言葉」、第四章「母の転生」では、刀根卓代「「妻」から「妣」ヘの昇華」・岡田照子「うまれかわり」・内藤浩誉「甦える母性」、第五章「象徴としての母」では、川口みゆき「母なる雑誌『主婦の友』」・野上彰子「飯柄杓のシンボル化」・野村敬子「「母の民俗」と国際化」と様々な角度から「母」の民俗を多様に検証している。
あとがきに大藤ゆき氏についてこう記されている。「大藤ゆきは、日本民俗学の黎明期、柳田国男に師事、師の秘書として働き「木曜会」に参加、会員大藤時彦と結婚し柳田民俗学の初心を識る女性研究者である。特に師の序文を戴く『児やらい』は民俗学の吉典的名著として人々に愛読され、影響を与え続けている。」
以来、女性民俗学研究のリーダーとして、『鎌倉の民俗』『子どもの民俗学」『子どもの四季』を著し、『日本産育習俗資料集成』など数多くの編にあたられた。その間の民俗研究は、産む性、育てる性としての女性特質に焦点を絞りきり、体験的な独自の研究領域を拓かれた。家庭人として在野の精神を厳しく貫き、絶えず社会に機能し得る、柔軟で、みずみずしい研究視点を保ち続けられている。
大藤ゆき氏は序章で「現代主婦は主婦権をもっているか」という主題を中心におきながら、「男性のお袋論」「サイフとヘラ」「子育て」について考えている。宮田、坪井両氏の座談会から家に対する男性の考え方を示す「お袋」論にショックをうける。
母親は第一の母体で、家は第二の母胎であり、子宮であるという「お袋」論である。与えいたわるものを本質的に女はもっている。小島美子は「お袋論は男中心の考え方で、男のはかなきロマンにすぎない」と一蹴しているが、はたして一蹴されるだけのものであろうかと疑問をなげかけている。
最後に柳田国男の「家庭というものが国家を組織しているということを考え、如何なる時代が来ようとも、家を守り家を左右する任務は女の手をぬける筈はない。家が三十年五十年で行方知れずになってしまったり、誰を祀るのやらわからぬ墓石が転がっているような国家になってしまっては大変です。」という憂いの言葉で結んでいる。
「お産今昔」を記述した大林道子氏は、第二次世界大戦後、急速に医療化された今のお産がそれ以前の昔のお産からどのように変化したのか、またその原因は何だったのか探っている。昔のお産の頃、村落には語らいがあり、女たちは性のことお産のことを心おきなく伝え合い支え合った。この体験の受け渡しが重要であるとしている。権力、権威の関与でなく、産む女たちによる内発的なお産の改革、その予兆が現代の動きの中に見えるとしている。
「「妻」から「妣」ヘの昇華」を記述した刀根卓代氏は、ひとの一生における生と死、成長と老いという対概念の延長線上に位置する「子を生む性」の女の女性としての最期の性(ジェンダー)役割とは何かについて述べている。女性が、全面的自己犠牲のもとに、すべてを受け入れなければならないと考えられていた時代と、自己の意志によって、生き方を選択するようになってきた時代とでは、「母性」性の向かう方向も自ずから異なってくるのではないかとしている。これからの日本社会において、女たちが「自己実現」を模索し始めた時、「母」の像はどのように変わっていくのであろうかとむすんでいる。
「母の民俗と国際化」を記述した野村敬子氏は山形県で聴いた中国人花嫁の民話を通じて、日中の母たちの民俗心意に触れ、女性民俗研究の新たな地平を探っている。現代の育児民俗を日本一国のみに固執するのは、近視眼的で不毛なことであると述べている。女性民俗学研究にとっても国際化時代の精神文化を問う、新たな展望が求められているとしている。
十八名の気鋭の研究者たちは、年代も二十代から八十代まで様々である。それぞれ受けてきた教育も違うし、時代も違っている。それだけに母の民俗をとらええた視点が、バラエティーにとんでいて、読んでいておもしろい。
大藤ゆき氏は戦後の混乱期に、新しい時代の新しい女性の生き方を模索した。そして現代の女たちも、新しい時代の新しい女性の生き方を模索している。それがこの本を読むと実感として伝わってくる。
『母たちの民俗誌』は、戦前から伝わる古い女の民俗だけでなく、現代の民俗をも記述し、また将未の女の生き方、幸福追求への様々な問題提起を含んでいる。今、時代は混迷の時代となっている。新しい価値観と古い価値観の狭間でどう生きたらよいのか、わからなくなっている女たちが見える。
いつの時代であっても、女として、人間として美しく生きたいと願う女の叫びがこの本を読むと伝わってくる。女が、古い時代の何を伝え、何を未来に創造していかなければいけないのか深く考えさせられる。
この本を産みだした女たちは、この本を産み出すことによって、何かを伝えたかった。その何かは女として生まれ、男より多様な生き方をせまられる女への、人間としての連帯感ではなかろうか。日本の女の問題が、世界の女の問題となり、個人の問題が社会の問題へと変容され、考えられている。
女姓が、学問することの意義を考えさせられる本である。それが、他の民俗誌にはない生彩を与え、女性研究者ならではの視点を持った良書となっている。女が企画し、編集しなければ生まれなかった本であるともいえる。
紙数に限りがあるため、他の論文を紹介できないのが残念である。多くの人に読まれることを切望する。
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