菅原 寿清著『木曽御嶽信仰−宗教人類学的研究』
評者:牧野 眞一
掲載誌:日本民俗学234(2003.5)


 木曽御嶽信仰で、その中核をなすのが「御座」「御座立て」と称される儀礼である。この御座儀礼を中心に、その周辺を含め宗教人類学的に分析したのが本書である。これまで木曽御嶽信仰についての研究としては、歴史学的視点からは生駒勘七氏の『御嶽の歴史』(木曽御嶽本教)、民俗学的視点からは宮田登氏の一連の研究、文化人類字的視点からは青木保氏の『御嶽巡礼』(筑摩書房)などがあった。著者はこうした先行研究をふまえつつ、御座儀礼を正面から取り上げ、その背景となる神観念や成立過程などを詳細な調査に基づき分析している。

 本書の構成は「序章」「第一章 行者への道」「第二章 中座と前座の役割関係」「第三章 癒しの儀礼」「第四章 御嶽のコスモロジー」「第五章 御座の成立過程」「第六章 御嶽に祀られた神々」「第七草 霊神信仰」「第八章 御嶽信仰の展開」「終章」となっている。第四章までは御座儀礼とそれに関連する神観念や行者を取り上げて宗教人類学的視点をもって分析し、第五章以降は御嶽信仰の歴史的な展開を充分に考慮しつつ論を展開させている。

 著者は、木曽御嶽山麓の教会における行者の成巫過程を調査し、御嶽行者を修行型のシャーマンとしてとらえることが可能だとする。御座は中座と前座が互いに協力して行う憑依儀礼であり、神霊が憑依する中座と神霊を統御する前座との関係や、中座が一人で行う独座の存在などその形態を明確化している。また御座の機能として治病儀礼に着目する。そうした御座が成り立つ背景には、「大神−諸神−霊神」といった行者と信者に共有されている神観念から構成されるコスモロジーが存在することを指摘している。

 御座の成立過程では、御嶽開闢霊神とされる覚明行者や普寛行者など主要な行者の動向をふまえ、御座がどのようにして成立普及したかを論じており、御嶽が民衆に開かれた初期には御座も明確ではなく、その後の行者により徐々に現在の座法へと確立してきたことが説かれている。その他、御嶽信仰の特色の一つである霊神や霊神碑をめぐる信仰や、関東地方や名古屋などの御嶽講社の展開を詳細な調査に基づいて報告している。

 御座や行者の分析は、これまでのシャーマニズム研究の視座からとらえたものであるが、その調査の詳細さや、明治期のウエストンやローエルなどの御座の記述を資料とするなど歴史的視点を充分に取り込み、宗教人類学的な分析をより奥深いものとしている。


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