松下 智著『ヤマチヤの研究−日本茶の起源・伝来を探る』
評者:中村 羊一郎
掲載誌:日本民俗学233(2003.2)


 ヤマチャは西日本各地で伐採跡地に真先に芽を出すので、これを製茶して自家用に供している地方が多い。人間が手をかけなくても自然に生えてくるヤマチャは、チャという植物がもともと日本に存在したのか、あるいは中国から僧侶などによって将来されたものなのかを解く重要な鍵を握っている。

 松下氏は在野の茶研究家としてこれまで国の内外にわたる現地調査を積み重ねており、とくに中国辺境地域の調査では他の追随を許さず、その成果を『茶の民族誌−喫茶文化の源流』(雄山閣)として刊行している。本書は同じ問題意識にたち、日本国内各地に自生しているヤマチヤの起源について民俗学・地理学的な方法による現地調査を重ね、既刊の『幻のヤマチャ紀行』(淡交社)に続いて、ヤマチャは外来種という結論を出したものである。本書の構成は次のとおり。(中略)
 
 各章ともに同じ結論を導いており、たとえば日本各地の照葉樹林とチャのあり方を検討した結果、今後長年月を経て植生に組み込まれる可能性はあっても「日本の様な小葉種のお茶の木は、照葉樹林下には育」っていないとし、「ヤマチャは日本の中・近世の焼畑耕作、さらに日本の林業としての育成林と深いかかわり」をもつとし、焼畑との関連を強調している。章の立て方が論旨に比べて曖昧であり、また現地調査の方法そのものに精密さを欠くきらいはあるものの、広く全国を実見した上での結論には説得力がある。

 なおヤマチャについては育種学などの立場から中国種との間で茶の葉や花の形態などの比較研究が行われてきたが、近年のDNA分析の結果、渡来説が有力となっている。その意味で異なった方法によっても同様な結論が出ていることは著者の主張の大きな裏付けとなろう。日本における茶樹の起源の解明は、喫茶の習慣が日本人の日常生活の構成要素として大きな意味をもち、多様な民俗の背景になっていることからも重要な課題である。とくにアジア諸国との比較民俗研究が盛んになりつつあるなかで、共通する茶を軸に据えての相互研究は大きな主題となり得る。本書がその基礎作業としてもつ意義は大きい。


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