天野 武著『狩りの民俗』・『野兎の民俗誌』
評者:小川 博
掲載誌:歴史研究(2002.8)


 ながらく文化庁文化財調査官をつとめられた天野武氏は口能登を郷里とされておられ、日本の野生動物の狩りの民俗について各地を探究されておられる。私は東京生れで育ったため、野生の兎はみたこともない。天野氏の狩りの民俗誌についての著作は、私の知織のそとの民俗を教えてくれる。『狩りの民俗』では、「ものを振り回す威嚇猟法」「野兎の異名と民俗」「クマ(月の輪熊)に跨りクマに跨らせる習俗」「ウサギノテ・アシをめぐる民俗考」についてくわしく述べられており、『野兎の民俗誌』には、「飛騨地方における野兎の民俗誌」に岐阜県の吉城郡、大野郡、益田郡の各地、「飛騨周辺地域における野兎の民俗誌」に、岐阜県郡上郡、揖斐郡、富山県婦負郡、中新川郡、東礪波郡、石川県金沢市、石川郡、福井県勝山市、今立郡、大野市の各所における調査論考と、「民俗誌資料に対する若干の考察」において野兎の異名、特殊名、地名、威嚇猟を中心とした野兎狩り、猟果の利用、野兎除け、俗信その他が調べられている。天野氏は狩りという言葉には、いわゆる自然物(無主物)を対象としていることが暗黙裡に認められており、それには人間(狩り人)が何らかの手を下さない限り、自らの自由にできる管理下に対象物をおけないという特色がある。原則的には野生の鳥獣類を対象とするのが基本であったからとされる。しかし狩りといつても対象とする鳥獣類によりその捕り方にはその習性なり出現する状況や頻度により差はありその捕り方の確実性をたかめるために猟者の生活の智恵の結晶があったと考えられ、狩猟の技術に終始するだけでなく、その猟果の利用にも及び、その生活に組みこまれたことまでの解明と把握につとめておられる。

 『野兎の民俗誌』の第三章は野兎にかかわる飛騨、美濃、越中、加賀、越前の各地方における習俗のなかに知られるいろいろな習慣のこまかい採集は貴重な報告である。とくに野兎の減少について飛騨のみならず、全国的に聞かれている人と野兎の共生関係の空洞化は天野氏の危惧する所でもある。両書にくわしい事項索引がつけられており有益である。


詳細へ 注文へ 戻る