八木康幸著『民俗村落の空間構造』
評者・大江篤 掲載紙 御影史学論集24(99.10)


本書は、御影史学研究会民俗学叢書の第十二冊目として、また、関西学院大学研究叢書第八十五編として刊行された論文集である。一九七○年代から八○年代に著者が発表された九編の論考に、新稿を一編加えて構成されている。目次を示すと次のようになる。
(目次省略)
著者は、この書の第七章に収められた論文を出発点に、兵庫県淡路島・滋賀県・長崎県五鳥列島をフィールドに調査・研究を重ね、豊かな「民俗」を育んできたムラ―著者のいう「民俗村落」―に眼差しを向けている。本書は、ムラに関する日本民俗学の「空間」ヘの関心と人文地理学の「意味」ヘの関心、双方の問題関心の交差するところに位置づけら れる。そして、三つの分析視角から論じているのである。
まず、第一章から第三章は、空間・社会と宗教・儀礼の関係に関心が向けられる。祭りや年中行事などの儀礼・本分家関係や共同労働などの社会関係を分析することから、社会組織の空間的広がりと儀礼的な空間秩序を追求している。「民俗」を厚く記述することによって、対象とされたムラの空間構造を平板なものではなく重層的に描き出し、空間や方位のもつ意味や価値観が論じられている。また、近現代における空間構造の変化とその要因についても論及されている。
次に、第四章から第六章は、村落内の空間―村境や道―に関して、構造論的にその象徴的意味を明らかにした論文である。村人の生きる世界が複雑で多層な空間から成り立っていることを指摘し、抽象的なモデルとしての把握にとどまっていた従来の「村境論」を批判している。
第七章から第九章は、淡路島をフィールドにした墓制の研究である。ここでは、分布論的方法により、形態や規模など、墓制の諸要素を重ねあわせることによって、歴史的な変遷や地域の特色が明らかにされている。墓制を分析していく、ひとつの方法が呈示されている。墓制研究の進展に寄与しただけではなく、材落空間を理解する可能性が含まれている。
最後の第十章を著者は付編として位置づけておられるが、本書の個別研究の基盤をなす著者の研究の立場を示しており、重要である。
また、各章に掲載されている豊富な図版は、論文を理解するために有益であり、巻末に文献が一覧されており、読者にとって行き届いた論文集となっている。
以上のように、本書は、地理学・文化人類学・民俗学などの分析方法を駆使した「民俗村落」の研究書である。フィールドに出ると「民俗」の豊かさに驚かされることが多い。その豊富な「民俗」をどのように記述し、論じるかは、民俗学研究者によって様々である。
「民俗」が豊かであるだけ、「民俗学」も豊かである。地理学に根差し、「空間」を軸に「民俗」の豊かさを掬い取ろうとする著者の視座に貫かれた本書は、「民俗学」を豊かなものにする貴重な一書である。民俗学を学ぶものにとって必読の書といえよう。
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