工藤 威著『奥羽列藩同盟の基礎的研究』
評者:坂本 寿夫
掲載紙:東奥日報(2003.128)


 津軽藩の政治詳述

 明治維新の諸変革は、驚天動地などという言葉では言い表せないほどの衝撃を当時の人々に与えたであろう。そのため、明治維新史研究は明治時代から多くの史料の整理・編さんが行われ、諸論考も盛んに世に出され、現在に続いている。

 このたび刊行された工藤威氏の「奥羽列藩同盟の基礎的研究」もその流れの中でまとめられた労作であり、一八六七(慶応三)年の大政奉還から、翌年七月の津軽(弘前)藩の藩論統一までの政治過程を、主に奥羽列藩同盟への参加・離脱問題に焦点を当てて論述している。

 維新史研究の困難の一つは、見るべき史料が膨大に存在するという点にある。勤王側も佐幕側も、また明治政府も、さまざまな立場や動機から実に多くの記録を残した。それらを読み込んで一つのテーマを追求することは骨の折れる作業である。本書は「復古記」「維新史」や各地県史などの刊本のほか、「津軽承昭(つぐあきら)日記」「弘前藩誌草稿」などの原史料を丹念に整理し、論拠を実証的に構成している。また、工藤氏によって初めて紹介された史料も少なくない。この点、まさに頭が下がるとともに、同時代を研究する者として羨望(せんぼう)の念さえ覚える。

 戊辰戦争が勃発(ぼっぱつ)した当初、佐幕か勤王かという選択は、まさにわれわれが未来を的確に予測するほど困難であった。奥羽列藩同盟は薩長両藩の政治的主張に異議申し立てをし、戦争の回避を目指した東北諸藩の連合体であったが、最初は会津・米沢藩の寛典処分を嘆願し、確認しあう程度の協議会的なまとまりにすぎなかった。それが次第に奥羽鎮撫総督府との対立、タカ派である旧幕閣の合流などにより先鋭化し、同盟にとどまる危険性を津軽藩に抱かせたのである。

 本書は津軽藩の置かれた政治的立場を中央政府・東北諸藩との関係から多角的に論じており、同時期を俯瞰(ふかん)するには最もまとまった好著で、今までに類例を見ない。

 ただ、著者も述べていることでおるが、残された課題も多い。例えば政治的経過分析はよくなされているが、実際の軍事情勢の変化や、そこに巻き込まれていった一般の武士や庶民の姿が本書からはうかがい知れない。また、津軽藩の政治的ターニングポイントは同盟離脱後も随所で表れた。テーマが同盟期の政治分析にある以上、ないものねだりかもしれないが、それらを網羅してこそ北の維新像が明確になるのではなかろうか。(弘前大学国史研究会会員、青森市)


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