安藤正人著 『草の根文書館の思想』
評者:藤實久美子
掲載紙:歴史学研究727(1999.9)


 現在,国や地方公共団体が設置する文書館や公文書館は47 館を数え,徐々にではあるが文書館の存在は社会に知られるようになってきた。本書にはこれらの文書館の役割と,それを支え突き上げるような市民の自主的な活動の,現状と展望とが書かれている。

 本書は,1991年から1996年にかけて筆者が各所で行った講演録をまとめたもので,第1章〜第6 章で構成されるが,以下,章を区切らずに内容をまとめておきたい。
 
 文書館とは「記録遺産」を保存する施設である。ここでいう「記録遺産(=archival heritageの訳語)」とは,記録化された一次的な情報物を指す。「記録遺産」のうち公文書あるいは公共性の高い文書は,市民の権利を擁護するものとして,一定の原則のもとに保存・公開され利用に供されるべきである。したがってさまざまな機関で今後,文書館を設置することが望まれるが,これには記録保存の支援業務(中間保管庫の設置と人員の配置など)が不可欠となる。行政が設置する文書館は地域のセンターとしての役割を担うべきで,その際には住民の支持が重要となる。

 欧米の文書館で行なわれている生涯教育の活用,研修会活動に学ぶべき点は多い。アーキビスト(文書館員)は公共の奉仕者として,過去の「記録遺産」を保存し,整理して検索手段を作成するとともに,現代の記録を評価し選別して残す責務を負う。これらの責務は重大で,アーキビストは専門職でなければならず,養成(在職者の再教育を含む)機関の設置への努力を期待している。以上は,文書館のあるべき姿を語る部分の骨子である。

 本書のもう一つの柱は「草の根文書館」の活動の紹介にある。具体的には神戸深江生活文化史料館・沖縄伊江島の反戦平和記念館・多久古文書の村などの活動をあげ,財政・住民の支持・人材の確保など,さまざまな問題に直面しつつも,活動を続けてこられた方々の格闘の跡を紹介されている。ただし「草の根文書館」に村や町の自治体文書館を含めること,その思想とは何かなど,言葉の意味は必ずしも明確ではない。

 本書は,構想とは異なる形で刊行されたとされるが出版に付された意義は大きい。筆者をはじめ,これまで史料保存に精力を注いで来られた方々の熱い想いや行動に勇気づけられるからである。とはいえ課題は山積している。文書館の社会的認知の拡大,学問体系の構築,養成機関の設置などといった側面と,草の根文書館の括動の蓄積とをどのように有機的に結合させて,筆者のいうあるべき文書館を創りあげていくのか。本書が歴史研究者に投げかける問いは重いといえる。


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