荒川 善夫著『戦国期東国の権力構造』
評者:中村 悟
掲載誌:那須文化研究16号(2002.12)


 本書の著者荒川善夫氏は、戦国期東国の宇都宮・小山・那須氏を中心に視点を置き、地域権力の構造解明に邁進されて、次々と多くの研究論文を発表されてきている。周知のように、前著の『戦国期北関東の地域権力』(一九九七年 岩田書院)においては、東国における地域権力の動向とその存在形態や家臣団との関係を主に検討されてきた。これらを踏まえ、中央大学に昨年提出された学位請求論文「戦国期東国における地域権力の構造−下野国那須・宇都宮氏を中心に−」を骨子としてまとめ上げられた研究成果が、この本書である。今年三月、中央大学より史学博士の学位を授与されたことに、お祝いを申し上げ、戦国期東国の政治構造解明に大きく寄与された研究業績が、ここに結実されたことと言えよう。特に那須氏においては、あまり研究に着手されていなかっただけに、権力構造の解明においては、明確な問題意識と手堅い実証による成果がまとめ上げられており、触発された点は多々あげられる。しかし、ここにおいては、紙数の制約もありその具体的な内容まで踏み込む余地がないため、全体の構成と那須氏研究の一端の紹介のみである点にご理解願いたい。

 本書の構成は、大きく六つの柱から成り立っている。(中略)

 このように、戦国期東国を考えていく上で、研究史の整理は勿論のこと、基礎的な材料が数多く提示されている。当地城で最も注目されている那須氏の研究においても、既に「那須氏と那須衆」として、当会の『那須文化研究』第一四号(平成一三年)に発表された論者に補訂を加えられたものであり、第一編の那須氏の動向と権力構造においては、鎌倉期より徳川初期にいたるまでの那須氏の権力構造を明らかにされた。特に、豊臣・徳川初期の統一政権下における権力関係においては、これをどのように位置付け、どう考えたらよいのであろうか。次の三点を明らかにされたことに注目されるため、以下挙げておきたい。 @ 豊臣政権下においては、小田原合戦の遅参により一旦改易処分にされたが、対奥羽一揆対策の一環として再興されたこと。 @ 文禄期までは、資晴が実質的な権限代行者として豊臣政権と相対し、秀吉自身も資晴が実質的な那須氏の代表者であるという認識を持っていたこと。しかし、慶長期になると、幼かった当主資景が成長したため、資晴は資景の後見役にまわり、豊臣・徳川政権との公的な関係においては資景があたっていたこと。 B その後、公式には当主資景が徳川政権と相対していたが、資晴は晩年に家康の御咄衆となり、私的には隠居の資晴が家康と接するという形で、那須氏全体の安泰を図っていたこと。このように、那須氏の対外交関係を通して、時の豊臣や徳川政権とどのような政治姿勢で臨んでいたのか、その政治的な動向が明らかにされたことにより、幕藩体制社会に移行する中で、那須氏や当該地域はどのように領国支配が形成されていったのか、今後考えていく上での拠りどころになることにはまちがいなかろう。さらに、終章の結論と今後の課題においても @ 戦国期那須氏の世界と権力構造 A 宇都宮氏の権力構造 B 下野の三大勢力小山・宇都宮・那須氏 C 戦国期東国の地域権力像と彼らの歴史的な性格 D 戦国期東国の地域権力研究の課題等が挙げられており、戦国期東国そのものをどのように捉えるべきなのか、そうした課題を私たちに提供している。

 以上、本書により荒川氏の積年の研究成果が集大成されていると共に、戦国期東国の研究指針をも示されている。また、周辺各地を足繁く通われて集められた各種史料が数多く紹介され、ここに提示されたことには、この那須氏の領域に住む者にとって、身近に感じられ、読みとれるばかりではなく、当該地域史に取り組んで行こうとする者にとっても、文字通りの必読の書となろう。戦国期東国の基礎的研究及び那須氏をはじめとする個別研究分野においても、本書が刊行された意義は大変大きいことである。是非一読をお勧めし、荒川氏の研究が一層発展されることを祈念し、拙い紹介の筆を擱くことにする。


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