松本一 夫著『東国守護の歴史的特質』
評者:阿部 哲人
掲載誌:日本歴史655(2002.12)


 本書は、著者が南北朝・室町期を中心に進めてきた東国守護研究を一書としてまとめられたものである。構成は全四編、序章・終章を含めた十八章・二つの補論からなり、鎌倉府管国十カ国(関八州と甲斐・伊豆)を対象としている。

 本書の目的は、@東国守護の類型化、A東国守護の歴史的特質、B東国守護の鎌倉府との関係などの解明にある。永原慶二氏(「東国における惣領制の解体過程」〈『日本封建制成立過程の研究』岩波書店、一九六一年。初出一九五二年〉)以来の蓄積がある南北朝・室町期の東国守護研究の意義・問題点を確認し、自治体史編纂や近年の鎌倉府研究の成果を積極的に取り込み、また平安期までさかのぼる広い視野からこれらの課題に迫ろうとする、まさに守護をめぐる問題の相対的検討が著者の目指すところである。

 第一編・第二編には著者が全体の検討を機軸とする下野守護に関する論考が配される。

 二章からなる第一編「東国守護の淵源」では、鎌倉期における下野守護小山氏の補任理由および性格を、全国の守護を視野に入れて考察する。平安末期以来の国衙有力在庁(ただし、一国規模の勢力は持たない)などの立場を基盤に、源頼朝の麾下にいち早く参陣したことを補任理由として強調する。また、このような勢力規模・動向を特質と捉え、小山氏、そして三浦・千葉氏ら、東国守護の典型とされる三氏について、いわゆる新恩型(ほとんど任国に勢力を持たない)と安堵型(前代以来の一国規模での勢力が基盤)との中間的な性格を持つという守護の類型を提示する。

 第二編「下野守護小山氏」は、三つの章と一つの補論から構成される。南北朝期の下野守護小山氏の政治動向をふまえた検討から、自勢力圏内のみでの権限行使という支配の限定性や国内中小武士への圧迫などを支配特質と捉える。小山義政の乱勃発の背景分析では、室町幕府との関係を視野に入れた考察の重要性を強調。また乱後の守護木戸氏・結城氏について、特に後者の鎌倉公方権力との密接な関係による領国支配の進展と限界を指摘する。

 九章と一補論からなる第三編「南北朝・室町前期の東国守護」では、下野以外の鎌倉府管轄国九カ国の守護や守護級領主について、守護補任の沿革や守護代の性格、また使節遵行や軍事指揮、検断などの職権行使を具体的に検討して、各国の特質を指摘する。

 第四編「鎌倉府軍事体制と東国守護」では、その第一章・第二章で南北朝期における幕府・鎌倉府と守護との関係を直接的に看取できる軍事指揮権の問題を扱う。守護、および幕府や鎌倉府が派遣した一国規模に留まらない広域的な統率権を持った大将などの着到状や軍忠状への証判、軍勢催促のあり方、出兵状況などを分析する。

 以上の考察をふまえ、冒頭で設定された課題が終章においてまとめられる。@類型化については、おおむね利根川を境に西を上杉氏の守護任国、東を旧族領主の割拠する国々と峰岸純夫氏が区分した類型(「上州一揆と上杉氏守護領国体制」〈『中世の東国』東京大学出版会、一九八九年。初出一九六四年〉)を大局的には肯定しつつも、利根川以西の相模・安房・武蔵・上総は鎌倉公方・鎌倉将軍権力が強く及び、特に鎌倉公方が直接基盤にしようとした動向が見られるとして、幕府に補任・安堵された山内上杉氏の守護任国上野・伊豆と明確に区別した。

 Aの特質の問題は、上杉氏と旧族守護とを比較する視点から検討。前者が公権を梃子に支配を進めたのに対して、後者は既存の私的な支配網の上に守護の職務を担ったこと、ゆえにその職権行使は他の旧族領主の勢力圏には及びにくく、また幕府や鎌倉府による守護補任が他の国内守護級領主の私的支配を否定、制限するものではなかったとする。一方で、守護はその公権や権威によって他領主の勢力圏への支配拡大の志向を持つ場合があり、守護職をめぐる旧族領主間対立の一因と見なしている。

 他に、東国における半国守護の存在については支配の実態という問題、類型化の基準としての国人一揆の存在については下総の一族一揆の問題から、検討の余地が残されているとし、後者の問題と関連して上杉氏管国における「ヨコ」の、旧族領主の私的勢力圏における「タテ」の支配秩序の存在を指摘している。また守護代の性格にも論及し、上杉氏と旧族守護との性格の違いなども明らかにする。

 B鎌倉府との関係については、主に軍事面から考察し、鎌倉府の軍事体制の確立と旧族守護の軍事・行政面での従属は密接な関連があるとして、上杉氏を中心とした軍事体制が成立・確立していく応安元年の平一揆の乱以降、康暦から永徳年間の小山義政の乱のころに千葉・佐竹氏らが鎌倉府の命令系統に取り込まれたとの判断を下す。

 以上、雑駁な紹介で大変恐縮であるが、鎌倉府管轄国を普く対象とした以上の論考は、近年の鎌倉府研究の成果の上に、幕府や鎌倉府との関係、および守護領国制の視点から丁寧に考察を進め、各国固有の特質を明確にした点では非常に意義深い。また、鎌倉府の軍事制度について初めて本格的に検討されたことも、画期的な業績である。これによって南北朝・室町期の東国守護研究が大きく前進したといえる。

 さて従来、上杉氏の守護任国とされた国々から、著者は新たに鎌倉公方が直接支配を志向した国々を分立し、永原慶二・峰岸純夫氏以来の類型化論を深めた。これは鎌倉府をめぐる政治過程を意識した議論であるが、その政治過程、幕府・鎌倉府の守護政策などにも言及した著者なりの議論・整理があれば、よりその意義も明確になったと思う。守護が幕府・鎌倉府の支配の展開に大きく影響されたことは著者も述べるところである。このような視点を類型化の基準として積極的に取り込み、時間軸にそった守護の特質・類型や、さらに東国守護総体の問題としての特質をより実態的に明確化できないだろうか。

 次に守護支配の実態について、権限行使の実状からみていく必要もあろう。例えば、遵行命令執行の実態や給付対象者、排除される勢力などの分析。そのような点に幕府や鎌倉府、守護の支配志向、現実の支配体制、限界などが見えてくるのではなかろうか。また、多様な上部権力との結びつき、支配志向を持つ国内領主との関係も積極的に分析する必要がある。例えば、一般に奉公衆とは守護支配を制約する存在と評価されるが、下野守護結城氏に関してはむしろ連携しているようにみえる。結城氏の場合、制約というよりも、鎌倉公方との関係を軸に奉公衆や中小領主と協調し、守護支配の基盤としたとは考えられないだろうか。

 また、関東八屋形と守護職との関係もいかに理解すべきか。下野守護結城氏の立場や守護職に対する領主らの意識など、興味深い。これらなどと関わって関東八屋形の成立も評価されるべきだろう。

 ともかくも本書によって守護をめぐる多くの問題が解明され、守護研究や鎌倉府、室町幕府などに関する研究が大きく前進し、また今後の研究のさらなる前進を促すことは間違いない。評者の非力から松本氏の魅力あふれる議論を十分に伝えられたか、あるいは誤読・読み落としなどがないか、ないものねだりの感想を述べてしまったのではないかと、はなはだ心許ないが、松本氏および読者のご海容を乞う次第である。
(米沢市上杉博物館学芸員)


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