高原 豊明著『晴明伝説と吉備の陰陽師』
評者:橋本 章彦
掲載誌:山岳修験29(2002.3)
                    

 陰陽道が、とくに若い女性を中心に注目されるようになってから、すでにかなりの時間が経っている。だが、その人気はいっこうに衰えそうもない。小説やマンガそして映画など陰陽道に関わる情報が夥しい数で発信され続けている。もともとこうした状況は、それ以前にあったいわゆるホラーブームの延長線上に出現してきたものである。したがって、取り扱われる内容も、必然的に呪詛や悪魔払いなど陰陽道の暗い部分が強調される傾向を持つことになる。これは、決して陰陽道を正しく伝えているとは言い難い。現在、様々なメディアから一般の人々に向けて発信され、そして娯楽として消費される陰陽道情報が、研究者などの陰陽道に直接関わる人々の地道なかつ血の出るような努力によって、はじめて可能となっていることはあらためて論ずるまでもない。

 陰陽道研究の歴史は浅い。この分野の研究は、一九八〇年代になって村山修一氏を中心とした研究者らが、基礎的研究や関連する史料を提示することで、はじめて活性化され今日に至っている。本書の著者である高原氏はかかる研究状況の中で、当時としては比較的特殊な領域であった阿倍晴明伝説に注目され、持ち前のすぐれた行動力で全国を訪ね歩きながら資史料の収集に努められてこられた。そうした高原氏の十数年にわたる調査研究の集大成としてまとめられたのが本書なのである。まずは章立てを示そう。(省略)

本書の主題は、「全国的な晴明伝説の展開と、吉備地域を中心として捉えた陰陽師や陰陽道の姿であり、とりわけ上原大夫と呼ばれた人々の姿を歴史資料を中心に分析」することにある。第一部、第二部の諸論考は、ともにフィールドワークによる成果と文献資料が強力にスクラムを組んでおり、いずれも読み応えのあるものとなっている。

 高原氏による晴明伝説研究は、研究史の上において重要な意義を有している。それは、晴明伝説の研究そのものが陰陽道研究においては未開拓の新分野であったこと。そして、これによりそれまで古代を中心とした研究が、通史的な課題を有するものとして拡大したことにおいてである。また、第二部の上原大夫では、「先人が全く、或いはほとんど触れなかった資料を駆使して、(中略)上原大夫と土御門家・池田藩との関係を中心にして、その三者の関係」が論じられており、当該方面における我々の知見を大きく前進させている。

 陰陽道の研究に携わろうとする研究者にとって、本書は今後書架に備えねばならない書物の一つとなることは言うまでもない。著者のさらなる研鑽と発展に期待したい。


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