古谷津 順郎著『つく舞考』
評者:H・N
掲載誌:芸能史研究158(2002.7)


 「つく舞考」と真伎楽―古代芸能の伝流と再構成―

 利根川流域の野田と龍ヶ崎の夏祭で披露されるつく舞は、見上げるような柱を立て綱を張り、蛙の姿をした演者がよじ登って曲芸を見せる。千葉県下の多古のしいかご舞、旭のエンヨウホーなども類似した芸態をもち、近世には房総地方でなお数例のつく舞が行われていたことが知られている。このつく舞の源流について考察した野田出身の詩人、古谷津順郎氏の遺作「つく舞考」が橋本裕之氏の解説を付して岩田書院から発刊された。「つくきちがい」を自負する古谷津氏のつく舞への愛着と探求心は、つく舞がシルクロードに起源をもつ「てらつつき舞」であったという、ユニークな結論を導きだしている。

 古谷津氏の論考の問題点については橋本氏の解説にも詳しいが、鳥のきつつきを摸したという西域の竿上り芸が、なぜ関東地方に蛙の姿のつく舞となっているのか、謎は依然として残る。都盧とも表記されたつく舞は、興福寺伝来の大般若経の天文十八年の奥書にみえるクモ舞勧進に用いた灯呂木とも音が通じるのではなかろうか。京都市北部などで行われる松あげ行事の柱松も、トロ木と呼ばれているはずだ。近世初頭の四条河原図に描かれた蜘蛛舞とつく舞との芸態はさわめて類似している。一方、古谷津氏がつく舞の源流が描かれている考えた正倉院の弾弓の散楽図や敦煌莫高窟の絵画は載竿図、すなわち人の頭上に立てた竿に上った人間が曲芸をするもので、固定した柱で演じる蜘昧舞やつく舞とは、必ずしも同じ芸態とはいい難い気もするのだ。

 このように、より深い検討を要する点を有しながらも、古代の散楽芸の流れの末に、つく舞を位置づけた「つく舞考」は、トータルな芸能史や幅広い民俗芸能研究を目指す人には、目を通してもらいたい好著だといえる。ひとつの対象を見つめて世界を渡り歩いた古谷津氏の探究心に、共感するのは橋本氏や私ばかりではあるまい。そんな思いでこの一冊を紹介した次第だ。一読をお勧めしたい。(後略)


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