福江 充著
『近世立山信仰の展開』
評者:米原 寛
掲載紙:北日本新聞(2002.8.1)


 立山博物館の福江充主任学芸員が、『近世立山信仰の展開』(岩田書院)を発刊した。平成十年に著した『立山信仰と立山曼陀羅』に次いで二冊目の出版だ。

 前著『立山信仰と立山曼陀羅』は、多様な「立山曼陀羅」の構図や図像などについて比較論的な整理を行い、概説的な記述に終始した従来の研究を打破し、具体的で新鮮な見解を初めて提起した。特に芦峅寺衆徒が、「檀那場」と呼ばれる日本各地に広がる立山信仰圏を巡り歩いて護符を配る回檀配札活動の研究が注目を集めた。幕末の嘉永年間に芦峅寺衆徒の宝泉坊と福泉坊が、江戸とその近郊に回檀配札したときに記した「檀那帳」を分析、数量化し、檀那場の実態や勧進活動について明らかにした。

 本書『近世立山信仰の展開』は、前著の研究成果を踏まえ、近世的領国経済の展開がそれぞれ異なる尾張国(愛知県西部)は、信濃国(長野県)、房総半島、江戸および加賀藩領国(富山・石川)と広範囲な地域に広がる檀那場を研究対象として取り上げ、立山信仰の近世的特質を提起した。

 研究手法は前著と同様に、衆徒が経営した宿坊に伝えられる檀那帳の分析による。加えて信者の分布や檀那場の地域的特性を見るために「切絵図」と呼ばれる江戸の町を細かく描いた地図も活用し、経済地理研究の新しい方法論も活用している。新著の特長の第一は、福江氏の真摯な研究姿勢にある。

 自らの研究姿勢と視点を「視座」という形で明確化し、先行の研究史を十分に踏まえ、解読に時間と手間暇のかかる檀那場の情報を粘り強く処理している。各章の末尾に付けた丁寧な注記では、単なる資料名や出典だけでなく、関連史料や本文の背景にある史実や論点も記している。

 また、新著は単に、立山信仰における檀那場の実態を紹介し、立山信仰の特質を提起するにとどまっていない。

 近世における庶民の日常的な宗教感覚(民俗学)や、都市と農村部の生活圏の具体的様相、街道と生活圏、人(衆徒)の往来と街道文化(社会学)、衆徒の布教活動を商行為になぞらえれば越中の売薬人と同様に、「歴史地理学的類型学における商人」の研究対象(経済学)として、それぞれの分野に資料を提供してくれる。研究手法や視座の設定においても貴重な示唆を与えてくれる得難い論考だ。特にこれからの若い研究者は著者の学際的な姿勢に学ぶべきであろう。

 立山信仰にかかわる研究は、学問的には多分野にわたり、その内容も加賀藩の宗教政策はもとより、立山信仰を取り巻く社会的、経済的、文化的環境など多岐にわたる。これからは総合的研究が不可欠である。福江氏の今後の一層の研究活動に期待したい。
(越中史壇会理事・富山市)


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