林英一著『近世の民俗的世界―濃州山間農家の年中行事と生活―』
紹介者・藤原修 掲載誌・日本民俗学228(2001.11)

 あるムラに入って民俗調査をしていると、現行の民俗と過去のある時点での民俗とが比較できたらと思うことがしばしばある。断片的なものであっても、近代以降の文字資料と比較できる場合は大変な幸運であった。しかしこれとても地域が完全に重なることは希有で、大体の概要をつかむに止まるのである。ましてや近世期の文字資料との比較は、祭礼資料ならまだしも、年中行事などの場合は僥倖を頼むしかない。
 さて本書の「はじめに」に「昔はこうだった」ということが、物事の本質をあらわしているような錯覚を与え、誤解を生むことになる。とある。日本民俗学という形で歴史に関わっている著者の「過去」という記号に対する、素朴で重要なこだわりが表明されている。このこだわりは「今」と「昔」の厳密な比較において考究されるべきものだが、著者の継続的な調査研究が僥倖をもたらしこの比較を実現した。
 長年のフィールド、岐阜県加茂郡白川町切井に隣接する黒川の大西家に、江戸後期(天保八年)の『自昔代々行伝来ル年中行事』以後『年中行事』)という一年間にわたる年中行事の記録があることを、著者は知る。その詳細さは刮目すべきものがあり、現代の調査報告書と見まがうほどである。
 第一章ではまず『年中行事』全文を翻刻紹介し、次にその資料性を検討する。その結果他家より入家した七代目が養子である八代目のために記述した私的文書であったこと、七代目は俗修験者であり記述にもそれが投影されているが、黒川地区の民俗資料としての価値は減じないことが指摘されている。第二章、第三章では『年中行事』から近世後期の家のつくりや農作業のありさま、信仰の対象である神や仏の姿を明らかにしようと努力している。行事と神仏の対応、神仏を祭祀するあるいは神仏が顕現する場所の意味が問われている。第四章は、近世年中行事の体系を抽出しようとする。特に田の神と記述されていたものが、さなぶり以降には農之神となり、収穫祭りではさらに抽象的な祭祀対象になっていることが指摘されているが、普遍的な問題であるかについてはやや説得力に欠ける。第五章では地域信仰と、第六章では現行民俗との関わりを考究し、変化という視点で積極的な提言を行っている。
 既存の説明に寄りかかる傾向がある点、いささか気になったが、今後の普遍化の作業を通して、著者自身の近世の民俗的世界の体系がやがて明らかにされるであろうことに期待したい。
(〒577-0816 大阪府東大阪市友井2-33-13)

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