澤登寛聡編・高井蘭山著『農家調宝記』
評者・福重旨乃 掲載誌・法政史学57(2002.3)


 近世社会における庶民の識字率の高さは、よく指摘されていることである。近年では、出版物の流通や利用についての研究も精力的にが進められているが、それらの研究の大半は、武家・上層農の蔵書分析、漢籍や歴史書、戦記物による中間層の思想形成、寺子屋における往来物の利用、庶民を対象にした娯楽本の内容から庶民の識字のありかたを指摘するものに限られている。しかし、実用書としての重宝記類を対象とした研究は、ほとんどなされていない。その意味で、今回の『農家調宝記』影印本の刊行は、意義のあるものである。
 『農家調宝記』の作者高井蘭山(一七六二〜一八三八)は、解題によれば、旗本の用人であったとも、幕府与力であったとも言われる。蘭山は、『新編水滸画伝』の翻訳を瀧沢馬琴から引き継いだことで知られ、『絵本三国妖婦伝』・『孝子嫩物語』などを著した戯作者である。その一方で、さまざまなジャンルの書物の著作・編集・校訂に携わる雑学者としても著名であった。『農家調宝記』は、初編が文化六年(一八〇九)正月に板行され、多くの読者を獲得し、文化一三年(一八一六)四月に嗣編が、文政五年(一八二二)二月には続編が板行された。
 今回出版された影印本『農家調宝記』は、『農家調宝記』初編・嗣編・続編及び編者の解題からなっている。その内容を示すと次のようになる。
 『農家調宝記』初編
 和漢農を重んずる事/蚕養道軽からざる事/農家穀神の事/国郡を定められし事/坂東の唱 関東八州の事/人家一里・道路壱里の事/麦年貢を納し始の事/大歩・小歩検地の事/知行高何貫文と云事/石と云字を石に用る事/井田の事/永文の起の事/鐚銭并金壱分百疋と云事/暦ハ耕作の為製給ひし事/暦にて夜の時を知べき事/農家年中蒔仕付時節の事/石盛・斗代・分米の事/七五起の事/当合見やうの事/畝引の事/取米見やうの事/高免・毛附免の事/盛の用を弁べき事/口米・延米・込米の事/升の籾何合を知事/田畑六分違と云事/流作場浮役の事/定免・破免の事/諸役夫銭割の事/位付の事/堤普請入用積/穀類文字の事/農家筆道心懸の事/證文類五箇/願書類五箇/注進御届書類五箇/鎌倉時代訴状三箇
 『農家調宝記』嗣編
 三族・九族と云事/伯・叔の字父方・母方の差別ならぬ事/親類の事/縁類の事并縁者/継父・嫡母の事/氏神・生土神の事/八宗・十宗・諸宗門の伝来/日の吉凶を撰む心得の事/夜半を昨今の界とする事/畧日時計并潮汐を闇記に繰/土地田畑に附たる農家の用字/医師へ遣す容躰書に入用の字/諸證文一札の案文/日用相場早割品々/金銀重さ釣合并秤目品々
 『農家調宝記』続編
 民ハ国の本又百姓と訓ずること/婚姻の式品々/指頭に卅品の性を繰/指頭に十二運の繰やう/指頭に毎年星の吉凶を繰/土用十八・十九の説/年中日の出没・昼夜長短/潮汐の盈虚・月の出入再談/暦に出さる日取/来年閏の有無及び何月閏有べき大概を知/農家用字/書状・手紙の心得品々/日用相場割品々/勘之事
 初編では、社会における農家の役割、税制についての知識、暦の知恵のほか、各種証文・願書などの雛型が示されている。
 嗣編では、親族関係の知識、氏神や仏教に関する知識、漢字の知識、証文の案文のほか、諸色の相場などの経済的な知識が述べられている。
 続編では、主に暦や時間についての知識、身分制社会を象徴する宛所を主人・親から下輩のランクに分けた書状・手紙の書き方、数学の知識について述べられている。
 このように、『農家調宝記』の初編・嗣編・続編には、農業経営を成り立たせるために必要な、生活全般の知識が網羅されている。
 本書は、通俗的な言葉で綴られており、ほとんどの漢字に振り仮名が振られている。このため、「寺子屋などでの初歩的な教育を受けている人」、あるいは「ひらがなさえ読めれば誰にでも」読めるように作られていた。そして、この振り仮名付きの実用書は、「農の家のミにあらず、士林」まで幅広い読者層を獲得し、当時の社会の常識(コモン・センス)の成立に大きな役割を果たした。このように、近世社会においては、それまで口伝として語り伝えられてきた知識が、木版刷りによって大量生産された書物を媒介にして、広く普及していく状況が生まれていた。このことは、印刷された文字による伝達情報が、日常生活に一定度定着していたことを示し、ここに近世の文字文化のある種の成熟をみることが出来る。
 一方で、この振り仮名の存在は、近世史の研究者にとって、今まで口伝として伝えられていた熟語の読み方が、当時の読み方とは異なっていたことを認識させられる。すなわち、よく言われる「為後日」(ごじつのため)は、当時の常識では「ごにちのため」と読み、「往古」(おうこ)は「わうご」(おうご)と読まれていたのである。
 また、嗣編の「書状・手紙の心得品々」には、「他国の文通を書状と云。近き文通を手紙と云。一筆啓上・貴札拝見など書出すを端作りと云。」とある。現在では「書状」と一括されている文書が、近世社会においては、「書状」と「手紙」に区別されていた点、現在では「書き出し」、「柱書」などと称されながらも、確実な統一名称のなかった部分が、近世社会では「端作」と呼ばれていたことがわかる。このように本書は、研究が立ち遅れている感のある近世古文書学にとって、貴重な情報源であるといえる。
 同じく、「書状・手紙の心得品々」には、端作・書留と「中の文段」=文中では二種類の「候」の字のくずし方を書き分け、通常の「御」とやむを得ず行の留(一番下)に書く場合の「御」では異なるくずしを書き分けている。このような書き分け方は、文字のくずし方によって礼儀の厚薄を表す書札礼の慣習から生じたものだろうと考えられる。これは現代では写真製版によって容易に印刷することができる。しかし近世においては、元禄から幕末期までの木板技術が、それを大量に摺ることを可能にしたのである。どのような文言で文書が書かれたかだけではなく、時と場合によってどのようなくずし方の文字で文書が書かれたかという視点で近世社会を考えると、本書が影印本として出版されたことは、とても意義が深いといえる。
 このように、本書は、ここにあげた以外にもさまざまな観点からの研究素材となる可能性を持っている。重宝記に記される知識の内容やそれらの知識が需要される意義などについて、本書の内容にさらに踏み込んで研究する必要があるだろう。また、古文書の基本的な内容が振り仮名付きの文字で書かれていることから学生の古文書購読学習にも最適である。本書を嚆矢として重宝記類の研究が進むことを願う次第である。

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