三宅正彦編『安藤昌益の思想史的研究』
掲載誌・秋田魁新聞(2002.3.3)


 独自の視点で本格的に分析
 江戸中期の農民思想家・安藤昌益について、実証的研究にあたっている愛知教育大の三宅正彦教授(現名誉教授)の、日本思想史ゼミに学んだ学生たちの卒業論文集。
 昌益の研究は、町医者として暮らした八戸や生没の地である現在の大館市二井田での、郷土史家や三宅教授たちの在地史料の掘り起こしなどで着実に進められている。また主著の稿本「自然真営道」、刊本「自然真営道」「統道真伝」などを基に、思想の分析、特性などの追求が行われている。
 本書収録の十四編の論文は、それぞれテーマを決めた後、先行資料を精査し、その資料の文章をただ羅列することを徹底的に排除して、先行研究を超えた、あるいは独自の視点での本格的な分析がなされている。
 論考の中には▽天照大神以来の自然の神道と天皇制を重んじ幕府を敬う尊王敬幕論である▽中国の王の支配は否定するが日本の天皇の支配は肯定―などのほか、▽刊本の本格的追求▽江戸の人々に大きな影響を与えた渓(たに)百年の思想と昌益の自然の神道とほぼ一致―という研究もある。
 その基底にあるのは、三宅教授が主張している「中間的文化層」である。江戸時代の人々は高度な専門的知識層と、文字によらず民俗の継受や生活を通じて意識を表現する非文字文化層に大別されるといわれた。これをつなぐものとして返り点・送り仮名のついた漢文や漢字・仮名まじり文で知識を得る層という新しい枠組みを主唱したのである。昌益はこの中間的文化層に属し、しかも専門的知識層を超えた独自の思想に到達したのだが、若き学究たちは中間的文化層に影響を与えたであろう著作などを調べ、昌益の思想の解明に当たってきた。
 いずれ、史料不足もあって飛躍した昌益論もあったが、いかに実証研究が大切かは本書の総序に詳しい。本書は専門的で一般にはなじまないかもしれない。だが、昌益の思想をなす基盤の解明への一つの成果として、学内に埋もれさせずに出版に踏み切った意義は大きい。
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