鈴木哲雄著『中世日本の開発と百姓』
評者・湯浅治久 掲載誌・千葉史学39(2001.11)



 本書のキー・ワードは「開発」と「百姓」である。いずれも日本中世史の根本問題と言ってよい。この課題について、著者は真正面から議論を展開する。その議論は独創に満ち、しかも論争的である。中世史研究は、近年希にみる刺激的な著書を得ることができた。まず目次を示そう。
(目次省略)
 I部に明らかなように、著者の認識の根底にあるのは独自な「開発」=散田請作の構造論である。それは集約的な再開発を本質とするものであった(二・三章)。ここにおいて戸田芳実の開発論の「誤読」を含めた従来の通説(「大開墾時代」説)は克服されねばならないと著者は言う(序章)。まことに刺激的な言説である。
 この「開発」の構造を前提にして、中世百姓は「去留の自由」を持つ存在であったことが明らかにされる(U部四章)。その根底には、「不動産」としての土地所有から「自由」である彼らの性格があった(六章)。これらの見解が、自らも論者として立った『御成敗式目』第四二条をめぐる複雑な論争史の詳細な批判(補論2)と土地所有関係の史料の丹念な読み込みから明らかにされている。
 つぎのV部では、まず東国社会における「開発」の問題として、常総の「ほまち」史料の丁寧な検討がある(七章)。著者はこれを中世の農民的な低湿地開発と位置づける。つづいて東国の下人・所従(奴隷)の存在を「現実の生活形式」=奴隷の生活の視座から検討し、これを「地域社会の閉じた構造」の中に位置づける(八章)。百姓とともに中世社会を構成する基本的身分=下人身分を東国地域社会のなかで見事に位置づけている。こうしたテーマに関連する木村茂光・戸田芳実・高島緑雄らの著書への書評をもとにした読書ノート(補論一・三・四)は、著者の研究史に対する深く正確な理解を裏付けるものとなっている。
 以上が本書のごく簡単な概略だが、中世的な開発・所有とは何か、また百姓・下人らの存在形態を明らかにした上で、改めて中世社会とは何かを問う著者の提起はきわめて斬新である。残念ながら筆者は本書の議論の核心である鎌倉期の研究状況を把握し切れていないので、その真の価値を云々することができない。しかし著者の提起は今後多くの研究者との間に議論を呼ぶものであろうし、それこそ著者が最も望んでいることであろう。本書を得て今後新たな議論が巻き起こることは確実である。
 筆者自身は、本書を踏まえて中世後期の所有論について再考してみたい、という衝動を強く覚えた。著者の提起は、ともすれば大名論や村落論のみで語られてしまう中世後期研究にとっても刺激的である。本書には中世後期へと連なるヒントもほの見える。著者の百姓論・所有論も本書で完結するのでなく、今後の展開が秘されているのかもしれない。その展開を心して待ちたい。
 最後に、著者の東国社会論について感想を述べたい。著者の研究の始まりが、東国在地領主の開発の再検討であり(一章)、独自の「開発の構造」が東国にも確認できることを明らかにしたこと(三章)は、いわゆる「領主制(的開発)論」ヘのアンチ・テーゼとして興味深い。農民的「開発」としての「ほまち」「ほっく」の発見や下人の存在形態を明らかにした上の東国地域社会の特質についても斬新な視座である。ただ東国における百姓は如何に位置づけられるべきか。百姓層の特質についてもさらに明らかにして欲しかった。確かに下人の存在を「奴隷包摂社会」論から見ることで、その裏腹に下人と循環構造の位置にある百姓の存在が浮き彫りになってはいる。しかし東国の百姓自身はそうした境遇にあって如何に中世を生き抜いていったのか。またその前提となる東国の荘園公領制の特質についても、著者の議論を是非とも聞きたい。
 著者の他の多くの作品の中には、この問題を扱った東国関係のものもあると思う。香取社領に関する多数の研究とともに、それらがやがて集大成され、こうした点についての著者の議論が展開されることを鶴首して待ちたい。
 高校教諭として多忙を極める中で、これほどの論理的な作業(思考)を継続されていることに改めて敬服する。著者の篤実な研究姿勢そのものにも、多くの学ぶべき点があることを申し添えて、拙い紹介を終えたい。
(市立市川歴史博物館)

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