鈴木哲雄著 『社会史と歴史教育』
評者・阪田雄一 掲載紙(房総史学39 99.3 )

千葉県の教員で、中世史の研究成果を多く残している鈴木哲雄氏(以下氏とする)が、「社会史と歴史教育」という著書を刊行された。氏は中世荘園を中心とした優れた研究者であり学会の動向にも敏感で、それを取り入れて授業を展開されている。その成果を本にされたのである。
(目次省略)
著作の構成は以上のようになっている。
序章は著書の表題にもなっており、氏の社会史を歴史教育にいかに取り入れるかという命題の根本的考え方といえるものであろう。
第一章は、荘園について近年の学界の成果を取り入れながら、氏なりに試行錯誤の上辿り着いた授業展開である。第二章は第一章発表後の批評ふまえて再構築したもの、第三章は、歴史教育に対する氏の考え方を、先学の批評を受け止めながら、荘園公領制をいかに教材化していくかを詳述したものである。荘園は律令制の崩壊から発生するも、その実体は時代とともに大きく変化し、中世社会を形成する大きな存在となっていく。これを荘園公領制といい、中世を形成する基礎といえる。しかし生徒には荘園の存在がうまく中世につながらない。これは教科書の記載が荘園を摂関政治の後に入れているために起こる現象といってよい。つまり荘園公領制を基礎とする院政期から中世にしなければ、最早学界と遊離してしまう状況なのである。歴史学界の評価を取り入れてこそ、高校の授業は成り立つと考えなければならない。氏はこの荘園公会領制を授業の中にいかに取り入れ、生徒に解りやすく説明するか、検討されている。氏はあとがきの中で、第一章を「もっとも思い入れのある論考」と回顧されているが、多くの教材研究の中からどうすれば生徒たちに荘園公領制を理解してもらえるであろうかという 命題に、自らの方法を見つけだした喜びや意気込みが特に感じられる章である。
『一遍上人絵伝』は当時の様子を考えさせる素朴に溢れている教材であるが、第四章以降はそれをいかに教材化するかを中心に、絵に現れる人々の生活を垣間見ることによって、中世という時代を見つめ直そうとしている。備前福岡市の場合は多くの資料集や図表に取り上げられており、発達した定期市の様子として我々も必ず触れなければならない教材である。氏はその備前福岡市に現れる子どもたちの姿や大人たちのかぶる烏帽子というものを通じて、中世の息吹を感じ取っていこうとするものである。
これらは表題にもあるように社会史を前面に押し出した授業である。この社会史の隆盛は、『無縁・公界・楽』に代表される網野善彦氏の一連の研究が発端であり、新しい視点は中世研究者に大きな衝撃を与えた。さらに絵巻物などから中世を読みとる研究は、生徒には視覚的に中世というものと向き合えるものであり、教林としても取り組みやすいものといえるだろう。ただ余り社会史というものに重点を置きすぎると、全体がみえてこないこともあるのではないか。例えば福岡市が山陽道の交通の要地であり、市として発展する要素が十分な地域であったことは確かである。ではここに権力者の権威・支配権が全く及ばなかったというとそうではない。恐らく氏も別の授業で触れられていると思うが、『一遍上人絵伝』をみると、左に立つ一遍を誰何している二人の武士をどうとらえるか。この福岡市のある福岡庄は、南北朝時代にはほぼ間違いなく守護所のあったところで、鎌倉時代には確実ではないが守護の権威が及んでいたはずで、このような要素も加えてみなければ全体像がみえてこないのではなかろうか。終章は、再び荘園公領制を中心に据えながら、学習指導要領に「荘園」の項が欠落したこと への疑問、現在の教科書には学会の動向が取り入れられず、特に荘園に関しては自墾地系荘園と寄進地系荘園という戦前の旧態依然とした学説が未だに幅を利かせてるいることなどを指摘し、学界の動向をふまえた新しい魅力ある教科書づくりを提唱する。しかし実はここのところが大きな問題らしい。
余談になるが、鎌倉時代から中世という教科書構成の某中堅出版者の営業マンに、何故そんな教科書構成になるのかを聞いてみた。ところが彼らの返事は意外なものだったのである。「大学の先生方も早く荘園公領制の教科書に転換したがっているのですが、現場が納得をしていないのです。」というのである。現場とは即ち我々のことである。何と彼は我々高校の教員が荘園公領制への転換を認めていないのだというのである。まさかとはおもうが、仮にこれが本当のこととすれば、我々高校教員は昔作ったノートを頼りに旧態依然とした歴史しか教えていないことになる。このことは大いに反省しなければならないことであり、我々現場の人間が声を大にして新しい教科書の出現を期待しなければならないのではなかろうか。そういった意味でも学界に精通する鈴木氏が自分の授業形態をきちんとした本にされたことは有意義であり、私も色々考えることが多く、学会の動向に敏感でなければ良い授業展開は出来ないことを今更ながら思い知らされた。研究授業は気持ちの重いものであるが、反面多くの批評を頂くことによって自分自身の授業に対する取り組みが刺激されるという面がある。
この本の出版は、氏にとって紙上の研究授業を展開されているといってよいのであろう。それに対して様々な意見評判が出て当然である。現に氏の授業に対する多くの研究者・実践者からの評判があった。氏はそれを受け止めさらに授業展開を工夫しよりよいものを目指している。
第六章では、福岡市をめぐり加藤公明氏や田村浩氏の実践を批評しているのは、それによって氏も自らの授業を省みているのであろう。
全く失札な言い方になるかも知れないが、これは氏の日本史の教員としての成長の記録でもあるとも考えられる。
教員が百人いれば、百通りの歴史観・歴史教育認識・授業展開があるはずである。この本を読むことによって、一人の教員の歴史観なり授業展開なりに触れることができるわけであり、それをふまえて自分なりの歴史観・授業展開と会話を楽しむことが出来るのではないか。そういった意味でも一読をお薦めしたい。これによって自分の歴史観・授業展開が成長することは間違いないのだから。
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