第11回日本山岳修験学会賞(2001年10月)
神田より子著『神子と修験の宗教民俗学的研究』


 本書は、岩手県陸中沿岸に地方に存在し、地域の人たちの生活と密接に関わりながら活動してきた一類の巫女「神子(みこ)」に焦点を当て、1982年から継続して調査を行い、これを宗教民俗学的観点から考察してきた論文の集大成である。

 陸中沿岸地方の神子は、晴眼の女性で、神社の祭礼に湯立託宣と神楽舞を舞い、家の春祈祷やオシラ遊ばせ、個人の厄払いや病気落し、憑きもの落とし、葬式後の後清めや死者の口寄せをしてきた。神社の祭礼に携ったことから神社ミコと同一視され、学問の対象から外されてきたが、氏はその神子にメスを入れた。これまでの後れを取り戻しただけでなく、周到精緻な調査と研究によってこの神子が特異な存在であることを確認し、日本の巫女研究の上に一石を投じたといえる。

 本書の内容は、第1部「巫女の研究史」、第2部「陸中沿岸地方における神子の生活と地域社会」、第3部「神子と修験のかかわりの歴史的変遷」、第4部「神子の儀礼と世界観」、結論「巫女と修験の新たな研究に向けて」よりなる。

 近世期において、東北でも南部藩領に特に修験が多く、神子もまた閉伊郡に密であった。神子も修験者と同様羽黒あるいは本山派に属した。近代の神子は神職や神楽衆と組んで湯立託宣と神楽舞を舞ったが、神子の修行や修法には修験道の色彩が極めて濃厚である。そのことから、氏は更にさかのぼって近世における修験と神子との関係を追究した。寺院や地域に残された古文書、古記録、遺物などを広く探り出し、その実態の解明に努めるとともに、修験と神子が共同で湯立託宣を行っていた事実を確認した。

 陸中沿岸地方には、神子以外に口寄せを主たる業務とする盲目のイタコや巫病を契機に成巫したカミツキと称せられる巫女がいる。これらと比較しながら神子の特性を明らかにしたのも本書の特色である。神子には成巫の過程において神憑けの儀礼がない。湯立託宣の際にも神がかりの状態やトランスがない。そのことから、神子は口寄せもするが口寄せミコでなく、また神前で舞うが神社所属のミコでもない。したがって氏は、神子に対して巫女の新たな分類が必要であると訴える。

 近世に修験道に所属した神子は、修験の霞とは異なる祈祭場という独自の活動領域を持っていた。神子は単に神霊が憑依する容れものではなく、自らが託宣するという積極的役割を果たしていたとみる。修行を経て一人前になった独立した宗教的職能者であったことを強調する。神子は霊媒と精霊統御者の両方を使い分ける存在だとするのが神田氏の結論である。
 本書は、問題提起の意味合いが強く、今後論議される面も出てこようが、総体的に研究水準が高く、模範となるべきものである。日本のシャーマニズム及び修験道研究に新しい分野を切り開いたものとして、その業績は高く評価してよかろう。日本山岳修験学会賞に推挙するゆえんである。

選考委員 鈴木昭英(委員長)・田中智彦・根井浄・森弘子・山本殖生


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