横山 篤夫著『戦時下の社会−大阪の一隅から−』
掲載紙:奈良新聞(2001.7.8)


 私はかつて、大阪府南部の泉南地方の学枚で一年間動務したことがある。だが、多奈川の川崎重工泉州工場で日本海軍の潜水艦が建造されており、同工場で多くの朝鮮人が働かされていて空襲で犠牲になったことなど、これまでまったく知らなかった事実である。電車の窓から何気なく見ていた風景の中に、日本近代史の影の部分が存在していたのだ。

 泉南地方は、関西国際空港の開港によって一躍脚光を浴びた。しかし、地域の近代史に関するまとまった研究の蓄積はほとんどなかった。また、満州事変から第二次世界大戦に至る十五年戦争の日本社会というのは、これまで歴史学のブラックホールになっていた領域である。

本書は、長年にわたる地道な聞き取り作業を主として近代史研究の空白部分の一部に光を当てたという意味で、貴重な論稿である。しかも、ここで描かれた戦争当時の泉南地方の人々の姿は、地域の特性を超えて、当時の日本社会そのものに当てはまる普遍性を持っている。まだ解明されていない地域社会の時代相について、著者の今後の研究の深化に期待したい。(裕)


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