川崎剛志編『修験道の室町文化』

評者:勢田道生
「語文」98(2012.6) 大阪大学国語国文学会

 二〇〇八年に名古屋大学で開催された研究集会「室町時代における修験道の儀礼再興と文化興隆」の成果を中心にまとめられた本書は、室町前期から後期にいたる修験道の展開と、これに関わる文化の諸様相についての論考十編を収める。目次は次の通り。

 室町前期における熊野三山再興と文化興隆  川崎 剛志
 熊野速玉大社の古神宝関連資料に見る神仏習合
  −その仏教的意匠を手がかりに−  安永 拓世
 『熊野詣日記』の制作圏
  −熊野参詣の儀礼と物語草子−  恋田 知子
 本山派修験寺院と本座田楽
  −文安三年の住心院における田楽能興行をめぐって−  天野 文雄
 熊野参詣儀礼の図像化
  −フーリア美術館蔵「熊野曼荼羅」をめぐって−  川崎 剛志
 『平家物語』の諸本展開と寺門派修験
  −平家享受の場との交渉を視野に入れつつ−  源 健一郎
 十五世紀の熊野における不動堂本尊の造像
  −本宮護摩堂と那智滝本山上不動堂−  大河内智之
 「槻峯寺建立修業縁起絵巻」と修験のランドスケ−プ  高岸  輝
 『箱根権現縁起絵巻』と後北条氏の修験文化  阿部 美香
 修験における宗教テキストの輪郭
  −その縁起と図像をめぐる覚書−  阿部 泰郎
 あとがき  川崎 剛志

 冒頭の川崎論文では、修験道史上の画期と位置づけられる室町前期、将軍義満・義持期に行われた熊野三山の整備と再興について、京都と三山双方における展開が示されるとともに、その後の展開について、本書全体の見取り図が示される。以下の論考は、南北朝最末期から天正期まで室町時代全体をカバーし、その対象も、『熊野詣日記』の特徴および成立圏についての検討(恋田論文)、『平家物語』の伝本形成における寺門派修験の影響の問題(源論文)など国文学の範囲のみならず、熊野速玉大社の神宝類(安永論文)、フーリア美術館蔵「熊野宮曼荼羅」(川崎論文)、不動堂本尊(大河内論文)などについての分析、田楽能における修験道の影響の問題(天野論文)、さらに、明応期における細川京兆家権力と修験道の関わり(高岸論文〕や、後北条氏権力下における東国修験文化の展開(阿部美香論文)にまで及ぶ。そして、このように多岐にわたる信仰文化の諸様相を統括する視点として、修験道についての、文字テクストに留まらない「複合宗教テクスト」を読み解く阿部泰郎論文が末尾に配され、中世世界における修験道の宗教テクストの重要性が示される。
 以上のように、本書では、室町時代の豊饒な文化のさまざまな様相が、修験道を視座として照射されており、その射程はきわめて大きい。修験道だけでなく、室町時代の文化形成全般の基底を理解する上で貴重な視座を提供するものといえよう。


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