関東民具研究会編『相模・武蔵の大山信仰』

評者:乾 賢太郎
「多摩のあゆみ」145(2012.2)

 本書は、「雨降山」という通称や雨乞いの山として知られる、相州大山(神奈川県伊勢原市)の信仰を扱ったものである。この著書を編んだのは、関東民具研究会の各位であるが、同研究会は関東近県の資料館・博物館の有志ほかで構成された団体で、従来は民具に焦点をあて共同研究を行ない、その成果を『多摩民具事典』(けやき出版、一九九七年)などにまとめてきた。そして今回、同研究会が共通のテーマを掲げ、調査・研究を行なったのが、相州大山で、各著者が問題や関心を寄せる地域に立脚して、大山信仰に関連する事象をより広い視野から問い直すことを目的としている。以下、各論考を紹介しよう。

 西海賢二「大山信仰の地域的展開−関東を中心に−」は、相模・武蔵・常陸などの地域に点在する大山講を通して、大山信仰の実態に迫ろうとしており、本書の総論的な役割を果たしている。本論では、各地の事例を挙げているので、大山に対する信仰や習俗の様相がよく理解できるのだが、特筆すべきは大山御師の活動を取り入れていることである。地域社会という信仰の受容側だけではなく、信仰の送り手である御師の動向を述べることで、大山側が日常的に地域社会ヘアブローチしていた様子を窺うことができよう。

 次に、地域社会にみられる大山信仰の各論であるが、
 加藤隆志「神奈川県相模原市域における大山信仰」は相模原地域と津久井地域を対象とし、大山信仰に関係する習俗を解説している。なかでも、大山道に立つ道標に着目し、その建立年代から一九世紀頃に多くの参詣者が道を行き交ったという推察は、大山信仰の伸張を考える上でも重要な指摘である。
 神かほり「東京都八王子市域の大山道と大山信仰」でも、大山道を考察し、八王子の高尾山に残る大山道と道標を事例に挙げている。これは、大山と高尾山の参詣がセット化されていたことを物語るものであろう。
 橋場万里子「東京都多摩市域の大山信仰−神酒枠と木太刀奉納−」では、多摩市域における大山信仰を検討しているが、招福除災のための木太刀奉納において、即時の利益を求める「治病」と、定期的な代参に組み込まれた「代替わり」が並存したという点は、大山参詣のあり方を考える上でも意義のある見解である。
 小野一之「大山が見える、大山に行く−東京都府中市域の大山信仰−」では、府中市域の人々にとって、大山は「見える」山であり、「行く」山であったものの、御岳山(東京都青梅市)や古峰ケ原(栃木県鹿沼市)といった他の山岳との取捨選択や、社会の変貌を通して、大山信仰が継承・衰退した様子を導き出している。
 榎本直樹「埼玉県坂戸市坂戸の大山講」は、当該地をフィールドにして、大山講やそれに付帯する夏祭りの移り変わりを論じ、行事は地域社会にとって今なお社会的な意義を持ち続けていることを指摘する。

 また、大山信仰に関連する習俗や儀礼の各論についてだが、
 浅野久枝「大山への成人登山習俗の広がり」は、一人前として地域社会に承認されるための「初山」や「成人登山」という成人儀礼に注目し、自治体史や関連論文の分析から、この儀礼が埼玉県の平野部と東京都の西半分に偏りが見られることを言及している。
 金野啓史「大山の茶湯寺と東京都日野市高幡の茶湯石」は、大山の茶湯寺の茶湯供養(死者供養)を取り上げ、日野市の高幡不動に伝わる茶湯石との比較を行なう。これにより、高幡不動がある高幡山は死者鎮留の地であり、この地は南多摩の人々の死者供養の場として位置付けられていたことを示唆している。

 鈴木通大がまとめた「大山信仰関係文献目録・解題」では、大山信仰に関する過去の研究・調査の成果が発行年順に収録されている。なお、鈴木が文献の収集を通して、大山に対する研究テーマの傾向を示し、「これからの研究は、各分野の研究成果を踏まえつつ複合的視点から問題解決にあたるべきであろう」と課題を述べていることは、評者自身も肯首する点である。大山信仰を例にとっても、講社・御師・街道や道標・成人登山・死者供養などは、それ単体で成り立っているのではなく、相互の連関のなかで存在するのであり、そのつながりを把握することで、信仰の実態が明らかになるのではなかろうか。

 ともあれ、本書に収められている各論考は、地域の歴史や民俗と向き合ってきた諸人でなければ著せないものであり、各地で展開する大山信仰の独自性と普遍性を垣間見ることができる。紙幅の都合上、本書の内容を紹介し切れなかったことが心残りだが、今回の紹介以外にも、各論考では大山信仰のさまざまな問題や魅力的な話題を提供している。地域の歴史や民俗を探索する方法も数多く示されているので、地域を学ぶ人々にとっては有益な著作であると言えよう。関東民具研究会におかれては、今後も新たなテーマを設け、地域の歴史や民俗を再考する活動に期待したい。
(いぬい・けんたろう パルテノン多摩歴史ミュージアム学芸員)


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