中世諸国一宮制研究会編『中世諸国一宮制の基礎的研究』
評者・加瀬直弥 掲載誌・神道宗教180(2000.10)

 一宮という呼称は十一世紀から登場するが、制度として形成され、発展する過程の詳細な解明はなされていない。そもそも一宮が、制度として成り立っていたかどうかもはっきりしていないのが現状である。確かに伴信友にまで遡る、神社単位での信仰形態の集成、あるいはここ三十年近くの間主要論点であった、国衙機構との関連から見た一宮研究については、相当の深化、蓄積がなされている。ただしそれらは一宮に対する信仰形態の部分的な評価に留まり、最初の根本的な問題を解決したと捉える事は、神道史学に限らず、歴史学全体の見地からでも難しい。
 特に、国衙機構研究からの視点では、支配統制面からの一宮の存在に注目したため、信仰、特に在地信仰という要素を少なからず捨象してきた。これは戦後の歴史研究と連動していた事は言うまでもない。しかし信仰という要素から歴史の実態を知る方法は、中世神道研究全体においても高まりを見せており、それが一宮制にどう影響をおよぼしていたのかという点は、神道史上看過できない問題といえる。
 加えて現在はその他の研究方法も提示されつつあり、まさに一宮制研究の転換期であると言えるが、本書を作成した中世諸国一宮制研究会の代表井上寛司氏は、既に十年以上前から国衙機構構造一辺倒の一宮研究について、「もともとそれ自体誤った一宮制理解を前提として、無理に歴史を解釈するもの」(「中世諸国一宮制と地域支配権力」『日本史研究』三○八号、昭和六十三(一九八八)年)と指摘され、従来の視点が行き詰まりを見せている点を熟知されていた。
 本書は、このような認識のもと一宮研究を詳細に分析されている井上氏が中心となって従来の研究を論理的に集成されている。これは新たな視点の提供に向けた転換点として、一石を投じる研究集成と位置づけられる。
 本書の構成は次の通り。
 (目次省略)
 では、以下大項目ごとに内容の紹介をする。
 
 中世諸国一宮制研究の現状と課題
 ここは本書の指針となるべき部分であるが、ここに記されている研究史、論点、課題の提示は、詳細且つ多角的であり、執筆者である井上氏の研究蓄積の豊富さと、綿密な一宮研究の状況分析の結果と捉える事ができる。
 むすびの部分では以上の点をふまえられて、「中世諸国一宮制研究が日本の中世史研究の中にあっていかなる位置を占め、いかなる問題の解明にどう寄与できるのかを明確にしておく」必要性を説明されている。そこから一宮制研究の意義を論じておられるが、それは@中世国家権力に対応する神社構造A国内全体を貫く思想B神社固有の役割機能の三点と一宮制との関係の理解であるとされる。
 この点はいわゆる顕密体制論に完全に依拠している視点では無視されてきた「神社の歴史的位置やその歴史的性格に関する研究」に踏み出している点で、中世史研究全体における影響も大きいと見られる。井上氏自身は、黒田俊雄氏の提唱した神道=世俗性を有した宗教形態という理解を基点にされているが、神道の不存在を主張する顕密体制論が、重く横たわっていた神道史研究にあっては、さらに一歩進んで、神道そのものの存在意義を解明する上で、本書が一つの端緒になる余地も存在する。

 諸国一宮の概要
 一宮、二宮、三宮以下、国府、惣社、国分寺、荘郷村の一二宮を、一国ごとに分類し、それを各担当者が報告されているこの部分は、本書の主要を占める。これは一宮制の研究においては、史料、またそれに基づいた先行研究の収集が最も困難な課題といえ、これを克服して、井上氏の述べられるところの「研究成果の共有」を目指した結果と位置づけられよう。
 本書では「調査項目一覧」を設定し、基準を設けている。この基準は、研究に必要不可欠な要素を確実に盛り込む事ができる一方で、様々な論点、視点に基づいた研究が可能となるように検討されている。またいわゆる論社に関しても、軽率な比定を避け、併記しながら研究の参照に供している。この点は、基礎的集成としての本書の基本的編纂姿勢の優れている箇所に他ならない。
 ただし実際の報告内容には、各国ごとの情報量に格差が存在する。これは史料の制約に依拠する要素が大きい点はいうまでもないが、担当者ごとの研究手法が様々であり、報告内容がそれを反映している面もある。しかしながら調査項目の設定がなされているため、若干の不足も見られるが、基本的な情報が極端に欠落している様な状態はなく、そのため各担当者の様々な視点からなされるアプローチが、かえって一宮研究の幅の広さを示す結果となっている。

 二十二社の概要
 岡田荘司氏による冒頭の「二十二社の研究史と二十二社制」では、研究史を踏まえた上で、天皇と祟りとの関係から、中央では天皇直轄祭祀、地方では祟りの鎮圧と関連して、国司が勅使の役割を果たしていたという考え方を提示されている。岡田氏は長年、中世全体を貫く神祇信仰体系としての二十二社制の存在意義を検討され、一宮制との関連に関しても重要な指摘をされている。本論は今までの研究蓄積の集大成といえ、朝廷から在地社会までを結ぶ信仰=中世神道の明確な存在を証明する手がかりを示されておられる。今後の中世神道史研究においては、この指摘に基づいた方向性を有した研究の発展が期待される。
 また藤森馨氏も加わってまとめられている「二十二社の概要」は、「諸国一宮の概要」に対応した内容である。両氏とも朝廷の神祇信仰を専門的に研究されているだけに、内容は綿密であるが、鎌倉時代以降の展開もより充実していれば、より大局的な理解につながったと考えられる。もっとも信仰体系が、既に十一世紀に確定されている点が研究上重要なので、現在においては必要十分な集成となっている。

 国衙機構の概要
 ここ数十年で急速に展開した国衙との関係から一宮を知る研究手法によって、国衙の実態把握が、一宮制を理解する上で重要な前提となる事がはっきりした。ここでは平安期を中込律子氏、鎌倉期を上島享氏が担当され、それぞれ現状と課題を提示されている。平安期の記述は、国衙機構の変化が著しく、研究が困難な部分(特に十二世紀の国衙機構の研究があまり進んでいない)でもあるが、このような問題点も含めた進捗状況を、的確に理解する要請に十分対応している。また鎌倉期の一宮研究は、国衙、守護研究の一環として発展した経緯もあるので、上島氏の報告は、そのまま鎌倉期一宮制研究の基礎的理解事項を示しているといっても過言ではない。

 章ごとの概観は以上であるが、本書全体を通して、史料の制約が深刻であったと窺える箇所が少なからず確認できる点は、問題箇所として指摘しておかなければならない。
 ただしそれは本書特有の欠点ではなく、井上氏が述べられているように、一宮制研究の課題そのものに端を発している。
 一宮制を研究するに当たっての困難さも、本書が忠実に反映している点は、むしろ一宮制研究者に対する注意喚起として受け止める必要がある。また、そのような課題は、研究蓄積の度合いも影響していると見られるが、参考文献の一覧も、各国ないし二十二社の報告ごとにまとめられているので、研究史の理解を深めるのに役立つ。
 さらに、本書は一宮制の基礎となる意義を有して作成されている一方で、最初にも述べたとおり、転換期を迎えつつある一宮制研究に、一定の方向性が打ち出されている点は、井上氏、岡田氏の論説で明白である。つまり、現状における一宮制研究の問題を克服する鍵が、本書には潜在しているという事である。中世諸国一宮制研究会は、従来の蓄積を基盤に発展的な組織改編を行い、中世の神社ないし、神道研究の全体像を明らかにするため、研究会を行っている。研究発展の指針がすでに確定されている、研究会自体の発展にも期待するところが大きい。
 中世神道史においてはさらに重大な意義を持つ。一宮制をどのように位置づけるかという課題を、十分に克服しない限り、総括的な研究に発展が望めないからであり、一宮制にこそ、中世神道の実態を知るきっかけが存在すると見られるからである。一宮制の全体像を把握するためには、くどいようだが、現状においては様々な制約により、より多くの情報を収集する事以外に解決手段がない。本書は、そのための情報が多角的に集成されており、現状のあらゆる研究方法をとっても、課題に対応できる所は本書の重要な特徴である。
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