国文学研究資料館アーカイブズ研究系編『アーカイブズ情報の共有化に向けて』 |
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評者:中村 崇高 | |||||
「アーカイブズ学研究」13(2010.11) |
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1.はじめに 本書は国文学研究資料館の「アーカイブズ情報の資源化とネットワーク研究」プロジェクトの研究成果である。これをまとめた本書の編集意図は、@従来文書目録などによって集約化された史料群の概要や、史料1点1点の情報を、近年の情報化の進展を念頭に置いた中で、いかに蓄積、公開するのか、Aこれを「人類共有の財産」とするにはどのような試みが必要なのか、これらの問題を整理し、実践につなげることと説明されている(「あとがき」)。 2.本書の構成 はじめに本書の部別構成と執筆者を示しておく。 第1部 アーカイブズ情報の共有化と情報社会 第2部 アーカイブズ情報の概念と構造 第3部 アーカイブズ情報共有化の実践技法 3.内容について 第1部は現代社会におけるアーカイブズ情報共有化の意義と、情報・文化資源としてのアーカイブズをどのように保存・公開していくのかについて、日本だけでなく諸外国の事例を紹介しつつ論じる。 第1章は、アーカイブズの整理、公開、保存といったプロセスを念頭に置きつつ、イギリスの社会学者であるA.ギデンズの2つの情報社会論を検討し、今日の「情報社会」の全体像を考察している。本章は、議論の前提となる情報化の意義、社会状況の分析を行っていることから、後で述べる第4章とならんで本書に必要な視覚を提示しているといえよう。 第2章は、オーストラリアのヴィクトリア州公文書館における記録管理システム(“VERS”)が誕生した歴史的・社会的背景を紹介している。著者は世界的にみても先進的な記録管理のシステムを生み出した要因を、@イギリス本国への情報提出と住民把握に関わる記録管理の必要性、A20世紀初頭の国民アイデンティティの高まりを背景とした「記憶の創出」、にあると分析している。評者はこの過程を戦後日本社会における史料保存運動の動向と比較しても興味深いと感じた。 第4章は、これまでの歴史資料保存運動の動向を念頭に、各機関における資料情報の集約方法と、歴史資料の利用、提供に関わる現状を明らかにしている。前者については、戦後から現在の歴史資料保存運動を4つの段階に区分し、それぞれの時期に資料情報の集約がどのように行われたのかを検討する。 第5章は、国立国語学研究所におけるアーカイブズ資料のEADによる情報化の過程を明らかにする。同研究所の特殊性は、研究活動によって蓄積された資料を管理するために情報共有化がなされた点であろう。著者はその過程を整理し、EADによる記述の利点と限界点を提示する。本章は論点も明快であり、事例紹介も非常にわかりやすかった。 第2部は、ISAD(G)2nd、ISARR、ISDFといった国際標準を詳細に検討し、その上で目録編成にあたっての実践例、レコード・マネジメントにおける適用例を提示する。 第6章は、1990年代末以降の国際標準について紹介し、その内容および相互の関連性について詳細に検討している。特にこれまで言及されてこなかったフォンド作成者のうち団体の記述標準であるISDFに注目し、その役割を論じている。 第7章は、第6章で著者が述べた国際標準を適用した目録編成について、特にフォンドとシリーズの関係性に留意しつつ、北海道立文書館の事例を「反省的に振り返り」(161頁)紹介している。目録編成の際に年次経過と機構改正に伴う組織の変遷をどのように位置づけるのかについては、各機関においても頭を悩ませている問題であろう。著者は北海道庁拓殖文書を整理する際、オーストラリア国立公文書館が採用しているシリーズシステムによる目録編纂方法を参考に、簿冊ではなく、業務内容を示す類目を単位とした目録編成を実行した。本章はこの有効性と今後の課題を提示している。 第8章は、各種の国際標準を活用するために、これらがレコード・マネジメントシステムの維持、構築に果たす役割を明らかにしている。このために、著者は北海道立文書館の機能と、それに基づいて作成される文書の関連性を把握する業務分析を行った上で、これらを国際標準に記述した事例を紹介している。 第3部は、アーカイブズ資料の特性である階層構造を表現することが可能なEADの概念と技術的側面、実践的利用方法を示した論文を収録している。 第9章は、「はじめに」で第3部の総論と位置づけられている。本章はEADの内容を概略し、これが日本でどのように需要されたのかを紹介している。また、国文学研究資料館で行ったアーカイブズ情報の集約化作業に際して起こった課題を検討する。本章の最後には、アーカイブズ情報の集約化に関わる参考文献の一覧が提示されており、研究動向を概観する上で大変便利であった。 第10章は、EADで作成したデータを表示する上でどのような作業が必要なのかを国文学研究資料館の実践例を紹介しつつ論じる。EADは前述したように国際的な規格であり、そこで使用される言語は、XMLというデータ形式を用いる。はじめに本章はXMLの作成方法と利便性について解説している。ここでは、実際の画面を参考にタグの意味などを詳しく紹介しており、非常に理解しやすかった。 第11章は、第10章に続いてEADデータの作成に関する実践例を提示している。本章では市販の表計算ソフトであるExcelを使用したデータ変換の方法を紹介する。実践技法の説明は詳細で、画面を提示することで極力平易に記述しようとする著者の努力は感じられたが、いまひとつイメージが湧かなかった。これはひとえに評者の力不足に原因がある。なお、著者はウェブ上でEAD/XMLデータの作成ツールを公開している2)。このような試みは、各機関におけるアーカイブズ情報の整備に寄与すると考えられる。 4.若干のコメント 以上、各章の構成と内容を紹介した。最後に不充分ではあるが、評者よりいくつかのコメントを試みたい。 第一に、EADを利用したデータベースと、リレーショナルデータベースに関する点である。ほとんどの歴史資料保存機関においては、情報の公開にこれまで後者を利用してきた。本書はアーカイブズ情報への適用が容易であるという点で前者の利便性を強調している。この点については評者も同意する。だからこそ、前者の利点と両者の相違点について本文中でもう少し詳しく触れていただければと感じた。 第二に、はじめにで述べたように、本書はこれまで個別に紹介されてきた目録編成の方法や、EADの実践例の紹介を総括し、現時点での研究の到達点を示した画期的なものである。それ故に、これまでのアーカイブズ情報の整備に関わる先行研究を紹介し、問題提起を行う「総論」があった方がより理解しやすいと感じた。 第三に、第3章で言及されていた情報共有化を阻害する多くの障壁をどのように乗り越えるかという問題である。2001年に鎌田和栄氏は、当時国際標準のひとつであったISAD(G)の日本における適用と標準化に関していくつかの問題を提起した3)。その内容は、@国際基準が経年による組織変化に対応できるのか、A専門職の不在、Bこれを用いた古文書・私文書の内的構造分析が確実なのか、C情報量の増加に対応できるのか、D標準化する際に、一般市民に利用サービスを提供しているか否かという歴史資料保存機関の性格の多様性を意識しているのか、E古文書・私文曹、公文書、個人コレクションという様々な資料群に対処可能なのか、F利用者は本当に複雑な検索システムを必要としているのか、という点にまとめることができよう。その後、研究事例が蓄積されたことと、本書が現時点での研究の到達点と課題を示したことで、これらの問題点を克服するための道筋が提示されたといっても過言ではない。 以上、評者が現場で感じていることを踏まえて、はなはだ稚拙ではあるがいくつか指摘させていただいた。誤解や誤読については、執筆者のご海容を請いたい。 注 (Munetaka NAKAMURA 神奈川県立公文書館) |
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