桐原邦夫著『士族授産と茨城の開墾事業』

評者:神立春樹
「地方史研究」353(2011.10)

 明治前期の秩禄処分と士族授産としての次城県域の開墾事業についての本書は、
 序 章 本書の視点と構成
 第一編 秩禄処分と士族授産政策 
  第一章 秩禄処分の実施
  第二章 水戸藩の秩禄処分と授産政策
  第三章 麻生藩の秩禄処分と授産政策
 第二編 士族開墾事業の展開
  第四章 明治政府の開墾政策
  第五章 茨城県内の士族開墾事業の概観
  第六章 弘農社の士族開墾事業
 第七章 波東農社の士族開墾事業
 終 章 士族開墾事業の歴史的意義
からなる。

 一 各章の概略
 序章では、「士族授産事業としての開墾は、明治前期の開墾事業を特徴づけるものであったが、この事業を明治政府は士族の救済政策という消極的な政策としてだけでなく、より積極的に士族を近代化の担い手としても期待し、開拓政策の展開にさいして、士族の動向に特別の配慮を払っているのである。だから、士族授産としての士族開墾事業を、単に士族の救済政策としてではなく、より積極的に明治国家が資本主義のために『上から』の資金創出政策の一環として遂行された政策であった、と理解すべきである」、と、著者の視点が提示される。
 第一編では、金禄公債証書発行条例制定過程と茨城県域の二つの藩における秩禄処分と授産事業が考察される。
 第一章は、禄制改革による家禄の削減、大蔵省による禄制の廃止、余禄公債証書発行条例の公布、の三節で、旧封建的支配階級の家禄・賞典禄を廃止した金禄公債証書発行条例の公布の過程を考察する。第二章は、茨城県内「旧藩士族の景況」、秩禄処分の実施、開墾義杜と特別官林組合、復籍士族と再興士族、の四節で、水戸藩の秩禄処分と授産政策を考察する。第三章は、家禄の削減の問題、郷足軽の処遇問題、賜邸制の実施、復禄請求請願とその結果、行政裁判所への提訴、の五節で、麻生藩の秩禄処分と授産政策を考察する。
 第二編では、茨城県域における殖産興業の一環として実施の士族開墾事業を検討する。
 第四章は、民部省開墾局による開墾政策、大蔵省による開墾政策、の二節で、明治政府の開墾政策、を考察する。第五章は、はじめに、石川強と勧業試験場、桃林舎、就産社、土田農場、阿見原開墾、鈴木農場、弘農社、波東農社、君島村開墾地、樹芸社、の一一節で、茨城県内で行われた士族開墾事業を概観する。
 第六章は、開墾計画を立案推進した人びと、弘農社の組織の概要、開墾資金の調達等をめぐる問題、三好琢磨の社長就任、資金調達の改善、開墾地内の入会株場をめぐる紛争、開墾事業計画、事業の推移、の八節で、行方郡長が大きく係わり旧麻生藩家老の三好琢磨を社長として展開した「弘農社の士族開墾事業」を考察する。第七章は、官有地での開墾事業、舟木真の経歴、波東農社の結成、開墾事業の推移、の四節で、旧下館藩士の舟木真とその親族が中心となった鹿島郡における「波東農社の士族開墾事業」を考察する。
 終章では士族開墾事業のもつ歴史的意義を考察する。

 二 本書の特長
 士族授産はたんに士族窮乏救済ではなく殖産興業目的で、内地・北海道移住開墾、銀行設立奨励、授産貸付などさまざまである。開墾事業、牧畜業、養蚕業、茶業などの農産事業、製糸・紡績・織物などの製造業への勧業資金などの士族授産への貸付で最も成果をあげたのは、政府から官有荒蕪地や官林の払下げ・貸下げを受けた士族結社を中心とした開墾事業である。本書は、茨城県城におけるこの開墾事業について、旧水戸藩士とその事業の出発点の茨城県勧業試験場、石川強、その結社桃林舎と就産舎、旧下館藩士舟木真の波東農社、旧土浦藩主土屋挙直願い出の君島村開墾地、旧土浦藩士族の樹芸社、和歌山県士族津田出による阿見原開墾、山形県士族鈴木安蔵の鈴木農場、筑波郡豪農土田農場、行方郡大庄屋末裔・豪農等による弘農社、についてつぶさに究明された。
 そして、政府の意図した大規模農牧経営「泰西農業」、大経営は終息、小作地化し寄生地主制に帰結、あるいは当初から労務者に小作地供与した。成立した地主制のもと地主資金の有価証券投資、資本創出、は資本主義成立に貢献した、を本書の結びとされる。
 著者は塩沢君夫氏の下での若き日の歴史理論的研鑽を基礎に、長期にわたり茨城県農業史、各自治体史に取り組まれた。その一集成である本書は、近代地域史研究の在り方を体現されたものであるといえよう


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