大林賢太郎著『写真保存の実務』
全国歴史資料保存利用機関連絡協議会編『劣化する戦後写真』

評者:東 龍治
「レコード・マネジメント」59(2011.2))

1.はじめに

 今回は豪華にも2冊のご紹介である。しかしながらこの2冊、どちらも写真の保存や整理、修復にかかわり、また著者に大林賢太郎氏が名を連ねており、内容的にも共通することが少なくない。また「岩田書院ブックレット」シリーズの14号と15号と連続しているため、2冊同時のご紹介とさせていただいた。
 『写真保存の実務』は、著者の大林氏が長年従事されてきた紙資料の修復現場からの実戦的な手法が多く書かれており、写真の保存・修復の現場には常備しておきたい1冊と言える。
 『劣化する戦後写真』は、上記の大林氏に加え、尼崎市立地域研究史料館の方々が、地域資料としての写真を実際に資料整理・保存している現場からの声や手法が詰まっており、写真整理に関わる資料館・博物館の方々にご一読いただきたい1冊である。

2.『写真保存の実務』

○主要目次
序章「写真を保存する」とは
第1章 調査票の作成
第2章 プリントの種類の識別
第3章 写真の劣化・損傷
第4章 写真保存の実務
終章 再び「写真を保存する」とは
写真図版(図表)
コンパクト解説

3.化学的に保存

 本書は写真の保存、特にプリントの保存について、種類、方法について図解も豊富に説かれている。一口に写真の保存と言っても、撮影された時代、素材の種類によって手法も異なる。また、既存の資料と異なるのは、これら写真が化学反応を用いて図像を現出させていることが大きいだろう。よって、クリーニングや保存に関して、その用いる薬品等の影響を受けやすく、劣化対策に化学的知識が必要になる。
 また写真は紙だけではない。ガラスに薬品を塗布したガラス乾板などがある。これらは工芸品のように取り扱いが難しく、多方面の知識が要求される。
 調査のためのカードの例も詳細にあるので、この一冊で写真の整理から保存、修復までの知識を得ることができるであろう。
 大林氏は、そのような化学的な媒体であるからこそ、修復や保存に関しては注意が必要であると説いている。不可逆的な処理を行い、画像を永遠に失わせぬよう、処理に関しては専門家の力を借りるのが無難であろう。

4.デジタルデータの保存

 これらアナログ媒体の写真保存についてだけでなく、大林氏はデジタルデータの保存についても解説されている。これは本書の特徴の一つであろう。
 私もマイクロフィルムの専門業者として、写真媒体を生業としている。史資料の撮影もアナログのフィルムからデジタルへと移行される方も少なくない。コストも高く、失敗の可能性があるフィルムよりも、撮り直しのきくデジタルの方が、遠くの出張撮影などでは便利であろう。
 しかし大林氏は、これらデジタルデータの保存について疑問を投げかけている。CDやDVDなど、画像が格納された媒体=「モノ」を保存するだけでは済まない、それを読み取る装置、ハードも同時に保存しなければならないと。
 デジタルデータはアナログ媒体と異なる不可視情報である。フィルムや写真は少しの傷でも情報を読み取ることは可能であるが、デジタルはそうはいかない。大林氏は「ある意味で、紙媒体に匹敵するぐらい保存には注意が必要である。」(p120)としている。
 確かにデジタルデータの危険性については以前より説かれており、実際にデジタルデータが失われている事例も耳にする。日進月歩で進化するデジタル技術には、100年、200年といったタイムスパンはあまり考慮されていないようにも感じる。
 大林氏はこれらデジタルデータの保存について留意すべきは、「記録媒体の寿命が来る前に別の媒体にコピーを繰り返し」、「どのデータを残すのか、どのファイル規格でどの媒体で残すのかを決定することである。」(p122)としている。

5.『劣化する戦後写真』

○主要目次
第T部 写真資料の調査と資料化            島津良子
 1 写真資料の特性
 2 写真資料の基本調査
 3 写真資料の資料化
第U部 尼崎市立地域研究史料館と写真資料  辻川 敦・西村 豪
 1 尼崎市立地域研究史料館と写真資料
 2 尼崎市広報課移管写真の整理と保存
 3 ボランティアの目から
特論 戦後写真資料の劣化と保存対策         花島慎太郎
研修会基調報告レジメ 写真資料の保全について    大林賢太郎
第V部 写真資料と画像アーカイブをめぐる18の疑問

6.地方自治体の写真資料

 地方自治体には広報というものがあり、その地域の出来事やニュース、イベントの周知に役立っている。そこで用いられる写真の多くは、その時代の地方自治体の生の姿を記録していることが多い。写真家が表現のために演出を加えているのではない、なんでもないごくありふれた日常。しかし、後にはそれが重要な資料となることがある。
 また一般の方から寄贈を受けた写真についても、「当時」をとらえた貴重なものが存在することがある。ただ、これら寄贈写真については、撮影された日時や場所といったメタデータが欠如していることが多く、被写体の証言も長い時間から混乱していることもままあることを本書では説いている。
 その写真に秘められた「当時」を、限られた情報から再構築するにはどうすればよいのか。この『劣化する戦後写真』は、そういった観点からも写真を見つめ直している。まるで古文書のように写真を解いていく手法は、歴史学や民俗学の一つの在り方を提案しているようにも思えた。
 例えば本書中に、とある方の出征風景の写真が、その被写体の証言とは異なる駅で撮られたものであることを証明するくだりがあるが、その背景と傍証資料からのアプローチは、古文書を用いた歴史学のそれと変わらない。

7.保存・保管

 これらの写真は、戦前の古写真と違い数が膨大である。また一般家庭から寄贈された写真等は、特に保存に留意されているものは多くない。よって劣化した形で寄贈を受けることもある。
 これらの写真やネガの保存について、実際に尼崎市立地域研究史料館で行われたやり方が紹介されている。
 例えばネガであるが、マイクロフィルムの世界では比較的早くに注視されてきた「ビネガーシンドローム」についても、その失敗と対策が記されている。ビネガーシンドロームとは、フィルムの支持体であるベースがTAC(トリアセテートセルロース)が、水分と結びつくことで加水分解を起こし、酢酸を発生させて劣化する際、ある一定の劣化度を超えるとその発生した酢酸によって劣化を促進させる現象のことである。
 同館では、寄贈を受けたフィルムが古い酸性の紙のケースに入っていたので、これをビニールの新しいケースに移したところ、変形や酢酸臭が発生するなどの異変に見舞われた。これはフィルムから発生した酢酸がビニールによって外部に放出されず、ケース内に滞留したことで劣化を促進させたと考えられている。
 同館ではこれら現象に対して、薄手の中性紙を蛇腹状に折り、その間にフィルムを入れて保管する方法に切り替えた。このやり方は現在考えられる方法の中でも効果的なやり方であると思われる。マイクロフィルムでも、その保管については、穴のあいたリールに巻き、中性紙の帯や箱で保管し、酢酸を放出させるのが良いとJISの規格でも定められている。

8.フィルムの素材

 ただ一点、本書において留意したい個所がある。本書中にフィルムの素材について述べているくだりがあるが、そこに「現在はほとんどのフィルムがこのPETを素材としている」(p77)とあるが、一般のフィルムは一部のシートフィルムを除き、現在もTACが用いられている。
 マイクロフィルムについては、カラーマイクロを除きPET素材に切り替わっているが、一般フィルムは未だにTAC素材である。これは以前フィルムメーカーから聞いた話だと思うが、TACという素材は手でも引き裂くことができる素材であり、万が一、カメラの内部でフィルムが引っ掛かった場合でも、フィルムが裂けることによってカメラの破損を防ぐことができるためでもあるらしい。
 筆者にとっては当然のことであっても、全くの初心者を読み手と想定した場合、読み手が誤解しかねないのではなかろうか。

9.専門業者の助言

 本書では、上記のような劣化対策に専門業者の助言を元に進めている。本気で取り組んでいる専門業者であれば、自分たちの扱っているもの(ここではフィルムや写真)についての長所・短所をつかみ、劣化対策についても的確なアドバイスが行えるであろう。
 宣伝になり恐縮であるが、弊社のホームページにおいても、本書で紹介されている『マイクロフィルム保存の手引』を、ご許可をいただいて掲載している。そのほか、マイクロフィルムやデジタルデータの保存についての情報を発信しているので、興味のある方はぜひ一度ご覧いただきたい。

10.最後に

 今回取り上げた2冊は、写真やフィルムの保存、整理について説かれていた。記録管理の世界において、写真資料は今後増加していくに違いない。公文書等の中には、写真が添付されるものもあるであろうし、両書中にも説かれていたが、デジタルデータの保存についての問題は、電子文書の保存の問題と何ら変わることがない。
 しかしながら、写真やフィルムの保管について、厳密に行おうとすると少なからずコストがかかる。保管環境を整えるとなると、空調施設や保管庫を考えねばならない。先にも述べたが、一般フィルムはすべてTAC素材を用いているため、その保管については湿度温度ともにPET素材のマイクロフィルムよりも低くする必要がある。
 フィルムや写真は化学反応によって画像を現出させる資料である。これら写真に比べたら、むしろ200年前の紙に墨で書かれた古文書の方が安定していると言っても過言ではないだろう。よって写真やフィルムは保存や整理には大変神経を使うことになる。この2冊はこれら写真の保存に悩む方々にとって、羅針盤となりえるだろう。この羅針盤と良質な専門業者の助言や技術によって、多くの写真資料が後世に残ることを切に願う。

参考文献
・『電子記録のアーカイビング』(小川千代子・著 2003年12月 日外アソシエーツ株式会社)
・『デジタル情報クライシス 情報を1000年残す方法』(中島 洋・編著 2005年11月 日経BP企画)
・『アーカイブを学ぶ』(小川千代子 阿部 純 大川内隆朗 鈴木香織 研谷紀夫・著 2007年3月 岩田書院)
・『セキュリティマガジン マイクロフィルム編』(轄総ロマイクロ写真工業社・編 2004年)

(ひがしりゅうじ 轄総ロマイクロ写真工業社)


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