都市と祭礼研究会編『江戸天下祭絵巻の世界−うたい おどり ばける』

評者:城所 恵子
「日本民俗音楽学会会報」35(2011.6)

 都市と祭礼研究会により、神田明神選書2として『江戸天下祭絵巻の世界−うたいおどりばける』(横長A4サイズ174頁)が岩田書院より上梓された。(選書1は『天下祭読本』平成19年4月25日雄山閣)。会報委員から書評を書くよう勧められたが、内容の濃いこの本をじっくり読むには時間が足りないため、少しの感想を加えた紹介にとどめさせていただいた。

 内容は文政8年(1825)の『神田明神御祭礼御用御雇祭絵巻』を中心に、その関連資料を紹介、解説を加えている。江戸中後期の神田明神(現神田神社)は旧暦の9月15日を祭日とし、旧暦6月15日を祭日とする山王日枝権現(祝日枝神社)と共に、隔年で祭礼が行われていた。この頃の祭礼は神幸行列が途中で江戸城内に入り、将軍の上覧を受けることから天下祭、別名御用祭と呼ばれた。現在の東京では神社神輿の行列に氏子町内の御輿や囃子屋台を出して供奉するのを付祭と称したが、安政8年頃の祭礼では、神輿の神幸には氏子町毎の出しの他に幾組かの担当町から踊り屋台・地走踊り・造り物の3組を出すのを<附祭>と呼び、これに氏子町以外の町に幕府からの指名で行列に参加するのを<御雇祭>と称していた。御雇祭は附祭と同様に出し物が出るが、幕府からの経済的支援を得て数も多く規模も大きく、本職の芸人を雇っての豪華なものであった。この本では安政8年の神田明神祭礼に加わった5組の御雇祭を描いた6巻から成る絵巻が掲載されている。

 頁を開くと先ず36組の出しの間に挿入されたお雇祭、神輿、附祭の位置が示され、次頁には氏子町と現町名とを対応させ、氏子町と神輿巡行経路が地図入りで示され、行列の流れを頭に入れた上で絵巻に入ることが出来る。横帳型の絵巻(帝国図書館蔵)を上段に、下段には担当の町名と出し物のテーマ、行列に加わる役柄や人数、時にはテーマの解説などの注記が配置され、場面を理解しながら眺められる。絵巻には周辺の町並みなどを描かず、行列に焦点を当てて描いてある点に特徴があり、色彩の豊かさが細部にまで及び、人物の動きや表情がリアルで見る者の想像力を掻き立てる。第6巻では5巻までと異なり、「年中行事の学び練り物」をテーマにした数組が拡大して描かれており、中には貼り紙を付した仮装が描かれ、注記によると薄紙を捲ると瞬時に別の仮装に替わる引き抜きの仕掛けが取り込まれている。6巻の後に翌年の山王祭に曳き出された1町3組の附祭が続き、3組の出し物を理解することが出来る。

 絵巻を眺めながら起こる数々の疑問には、絵巻に続く各資料と解説、および論考が解決してくれる。特に資料に含まれる「番付」は、祭礼に際してあらかじめ町奉行所に提出された祭礼全体の計画書に相当し、行列の順や出し物は勿論、衣装の材質から音曲の詞章に至るまで記載されており、当日の厳しいチェックが想像される。当学会の入江宣子がこの時代の音曲の傾向と御雇祭の音曲について解説している。この後御雇祭は出されていない。絵巻を初めとする資料は江戸中後期の天下祭を知るばかりでなく、そこに表わされた江戸町人たちの文化の質と高さ、当時流行していた話題、祭りにかける町人の爆発的エネルギーを感じることが出来る。


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