栗原 修著『戦国期上杉・武田氏の上野支配』 |
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評者:久保田順一 | |||||
「日本歴史」756(2011.5) |
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著者は一九九三年以降、上野戦国期の政治過程に関心を持って研究を重ねてこられたが、本書はそれに関わる付論も含め十六本の論考を集めたものである。課題と結論を述べた序章・終章は新稿である。上野は関東管領職を世襲した山内上杉氏の本国であるが、上杉氏が早期に没落したため周辺に成立した戦国大名による侵攻に晒され続けるという特殊な歴史的環境に置かれた。これまで、黒田基樹氏らを中心に上野国衆の動向や後北条氏の進出などが明らかにされてきたが、著者の研究はそれに加えて上杉・武田氏の進出をテーマとしている。これらの研究によって関連史料の発掘・再検討も大きく前進し、上野戦国史研究は一つのピークを迎えた感がある。 戦国大名と「地域領主」について整理した序章に続いて、第一編「上杉氏の関東進出とその拠点」は越後上杉氏の関東進出・上野支配を検討している。 第二編「上杉氏支配の展開と部将の自立化」は上野各地に配置された上杉方武将の動向を検討したものである。第一章「上杉氏の勢多地域支配」では、後藤勝元・河田九郎三郎・倉賀野尚行らの動向が検討されている。このうち後藤勝元については永禄期に上野に派遣され、天正前期に女渕城に在城し、御館の乱前後に越後に戻ったことが初めて明らかにされた。 第三編「武田氏の上野進出と支配の展開」では武田氏の西上野支配を検討している。第一章「武田氏の吾妻地域経略と真田氏」では武田方の吾妻地域経略の中心となった真田氏の動向が検討され、真田氏は岩櫃城在城以降に吾妻郡域の地衆に対する政治的・軍事的指揮権、「指南」を確立したとする。 終章「戦国期権力の地域支配」では、今後の課題と展望について触れ、戦国大名の他国領進出の契機、戦国大名の支城領担当者の地域領主化の要因、上野国の特殊性について論及している。 以上、雑駁なまとめで著者の意図を汲むことができたかどうか心もとないが、最後に感じたことを指摘して稿を閉じたい。まず、著者は戦国期の領主について黒田氏の国衆論を踏まえて「地域領主」概念を提唱するが、戦国期の混沌とした歴史的状況を理解するうえで有益な理論的提起であると思われる。戦国期の上野国は複数の戦国大名が領国化を争う特殊な地域となったが、このような地域における領主の存在形態をどう理解するかは戦国争乱を理解する鍵となる。著者が指摘するように、上野では支城担当者として厩橋北条氏・内藤氏らが戦国大名の先兵として進出し、各城領を形成しながら有力国衆化して戦国終末期まで存続した。著者はこのような存在を「地域領主」として積極的に評価している。さらに、著者はその契機を他の戦国大名との従属関係の成立に求めるが、そのような契機は上野では日常的に存在し、戦国大名の競合地域の展開を考えるうえで大きな示唆となる。これによって上野の戦国史研究が戦国争乱や戦国期領主制を理解するうえで重要な位置を占めていることが提起された。しかし、この時期の領主はさまざまな形態を取り、常に過渡的で特殊な存在でしかない。地域領主が戦国大名領国体制に包摂されることが領域支配権の強化の方向に働いたことが指摘されているが、真田氏の場合等は統一政権も絡んだ特殊な状況下の出来事とも考えられる。上野などの事例が他の戦国大名領国にも通じるかどうかはなお疑問もある。地域領主が多様な存在で、戦国大名を志向する存在も含めており、この概念をさらに精緻にする必要があろう。ともあれ、本書によって北関東、上野の戦国史研究の重要性がさらに高まったことを感じる。 (くぼた・じゅんいち 榛名町誌編纂委員) |
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