増田廣實著『近代移行期の交通と運輸』

評者:岡島 建
「日本歴史」756(2011.5)

 本書は、近代的経済発展の基礎としての交通・運輸における変革が、幕末維新期からの近代移行期において、どのように進展したのかを、これを推進しようとした明治新政府と、他方にあって自らの手で近代化を果たそうとする地域企業家たちの動きを、山梨県の事例を中心に具体的に明らかにしている。陸運としての甲斐中馬や、内陸水運としての富士川舟運などを考察し、鉄道を軸とする交通体系確立以前の内陸輸送の実態を明らかにするものである。著者が長年手がけてきた研究成果を再構成して一書としたものといえる。
 本書の構成は以下の通りである。

 序章 幕末維新期における交通・運輸の諸問題
 第一部 維新期交通運輸制度の改廃と崩壊
  第一章 戊辰戦役と宿・助郷問題
  第二章 宿・助郷組替えと駅費問題
  第三章 定立人足・定助郷復活と人馬継立の自由化
 第二部 新交通運輸制度と諸会社の創業
  第一章 各駅陸運会社の創設と山梨県下各駅
  第二章 甲斐国中馬会社の創業
  第三章 富士川運輸会社の創業
  第四章 陸運元会社による継立機構の整備と郵便関連事業
 第三部 殖産興業政策下における交通運輸の発展
  第一章 殖産興業政策と交通運輸
  第二章 甲斐国中馬会社の発展
  第三章 富士川運輸会社の発展
 終章 明治前期における全国的交通運輸機構の再編

 本論はおよその時期区分による三部構成であり、これに問題提示の序章とその後の時代への展望を記した終章を加えている。

 序章では、甲府柳町宿の荷継問屋和泉屋高橋平右衛門の『明治二年 御用留日記』を史料に用いて、甲府を中心とした本州中央内陸部輸送における近世から近代への移行を示した。本書においては幕末維新期における交通・運輸の諸問題として、内陸輸送網の再構築を明らかにする。

 第一部では、幕末・明治維新の社会的・政治的変革が交通運輸量の増大をもたらし、特に五街道をはじめとする公用継立の激増となったが、その過程を山本弘文による三期区分に基づいて明らかにした。第一期は慶応三年十月の大政奉還より翌四年五月の宿・助郷組替えまでで、ここでは戊辰戦役による軍事輸送増大を背景に起きた宿・助郷間の紛争問題を取り上げる。第二期は慶応四年五月より明治三年三月の定立人足・定助郷復活までで、ここでは新政府による宿・助郷組替えをめぐって起きた定・旧助郷間の問題と駅費問題を取り上げる。第三期は明治三年三月より同五年八月の宿駅制度廃止までで、ここでは新政府による定立人足・定助郷復活の中でいち早く開放されていく人馬継立の自由化とそれによる宿駅・助郷制度の解体について述べる。

 第二部は明治三年から八年にかけての考察で、宿駅制度の廃止を受けての新政府による新交通運輸制度としての各駅陸運会社の設立、各種運輸会社の創業と政府の方針転換について述べる。まず、新政府による各駅陸運会社設立がどのように進められていったのかを、山梨県を対象に、県下の甲州道中とその脇往還での各駅陸運会社の設立について考察する。次に、この新政府の方針を受けて近世以来の中馬稼ぎの伝統をもつ信州を中心に、山梨県でも甲府柳町の高橋平右衛門を中心として甲斐国中馬会社が創業した。その中馬会社の設立経緯、性格、営業形態を明らかにした。さらに、明治新政府の運輸行政の下で近世以来の貨客輸送を担ってきた富士川水運がいかなる役割を果たしたかを、山梨県の要請と保護によって明治七年に創業された富士川運輸会社について考察する。最後に、明治政府は全国的運輸機構確立を達成するために旧定飛脚問屋仲間によって明治五年創業された陸運元会社を全国的運輸機構として保護育成する政策を打ち出した。各駅陸運会社を入社・合併させることによってその継立機構の整備過程を明らかにした。

 第三部では、経済自立と資本主義化を果たすために明治政府が行った殖産興業政策下において交通・運輸政策は最も基本的なものと考えられたが、鉄道の建設が遅れる中で、重要な役割を果たした内陸水運と陸運、それらを全国規模で結ぶ内航海運の発展過程を考察する。明治六、七年に内務省が設置され、本格的に展開された殖産興業政策遂行の基盤としての全国的運輸機構を確立したが、特に内陸水運をより一層機能化した陸運と西洋型船舶を導入した内航海運を結び、これらを互いに補完させるだけでなく、鉄道とも緊密な連絡が図られ共存補完した。次に、陸運元会社を中核とする陸運再編の中で独自の発展をした甲斐国中馬会社の明治十年代にかけての発展の経緯を明らかにする。最後に、明治維新以後の政治的社会経済的変革の影響を受け、変容しながらも発展を続ける富士川舟運の状況を、富士川運輸会社が舟運と沿岸海運を連絡するために開設した清水出張所を中心に考察する。

 終章では、起業基金事業の一つである宮城県の野蒜築港事業の事例を通して、明治前期における全国的交通運輸機構が水運を軸とするものから鉄道を軸とするものへの再編の転換点を考えようとするものである。

 本書は、東西両京間の内陸地域である山梨県を主たる事例地域として、近代移行期における交通運輸整備政策の過程とそれに対する地域の対応を明らかにしたものであるが、従来から研究蓄積の多い陸運だけでなく、水運についても詳述し、水陸運の両方の役割と相互関係を示した点が、特に注目すべきことである。
 なお評者は地理学研究者であり、歴史学界の動向を十分踏まえての書評にはならなかったことを付記しておく。

(おかじま・けん 国士舘大学文学部教授)


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