日次紀事研究会編『年中行事論叢』

評者:宇野日出生
「日本歴史」759(2011.8)

 毎年何冊もの論文集が刊行されるが、各論文集にはその目的とする理念が必ず存在している。本書は編集が日次紀事研究会である。この『日次紀事』なる名前を見た瞬間、およそどのような論文集であるかは想定できるというものである。
 昨今京都には、民俗・芸能・文化史にかかわる新進気鋭の研究者が育ってきていると評者は思っている。そのかれらが尊師と仰ぐ芸能史研究家山路興造氏のもとに日次紀事研究会を立ち上げ、日々研究を重ねてきた成果の公表、それが今回上梓された論文集の理念である。京都の歴史学研究の分野のなかで、民俗学についてはまだまだ充分なる調査研究がなされていないのが現状である。このような状況のなかにおいて、この論文集が一定の研究成果としての位置づけをなしたものとして評価したい。ではまずその収録論文十六本を一覧し、次に内容を簡単に紹介しておこう。

第一部 行事・儀礼へのまなざし
 「節季候」考   山路 興造
 千本ゑんま堂大念仏狂言考   斉藤 利彦
 鞍馬寺の竹切り会−中世蓮華会試論−   野地 秀俊
 祇園会山鉾鬮取考−戦国時代から近世前期にかけて−   河内 将芳
 年中行事としての相撲儀礼の展開
  −伝承と文献との整合性についての試論−   橋本  章
 和泉流狂言《瓢の神》成立考   長田あかね
 室町幕府の年中行事−同朋衆の役割を中心に−   家塚 智子
 中国の山車−唐玄宗朝を中心に−   原田 三壽
第二部 組織・担い手からの広がり
 貿易扇−一時代を担った京都の産業−   佐野 恵子
 木地屋「根元地」の近代   木村 裕樹
 「えびす」にまつわる人々   中野 洋平
 神性を帯びる山鉾−近世祇園祭山鉾の変化−   村上 忠喜
 日光東照宮御神忌祭と田楽法師−変容する祭礼と芸能者の交渉史−
                           吉村 旭輝
 中世の楽琵琶の宗家・西園寺家と妙音天信仰   大森 恵子
 中世北野社御供所八嶋屋と西京   高橋 大樹
 松梅院禅予と宮寺領の回復−所領注文作成を例にして−   貝  英幸

 山路論文は、節季候を介して、散所系や河原者系被差別民についての整理と再考を述べたもの。
 斉藤論文は、千本ゑんま堂大念仏狂言の歴史的変遷を考察したもの。
 野地論文は、鞍馬の竹切り会および蓮華会の経緯やその本質を明らかにしたもの。
 河内論文は、わずかな史料を手がかりとしながらも、祇園会山鉾鬮取の意味するところについて考証したもの。
 橋本論文は、年中行事のなかに構成された相撲の展開を、総合的見地からまとめたもの。 長田論文は、和泉流「瓢の神」の成立と鉢叩の狂言への影響について論じたもの。和泉流は空也堂の風俗からの影響を受けつつ、新しいかたちのものを作り上げることに成功したことなどを論じた。
 家塚論文は、室町幕府年中行事における同朋衆の役割について論じたもの。
 原田論文は、京都の儒者村瀬栲亭の著書『芸苑日抄』に記された山車について考察したもの。
 佐野論文は、京都産業として注目された貿易扇の歴史的変遷や特徴を述べたもの。
 木村論文は、明治維新から昭和二十年までの間、木地屋「根本地」復興の歴史的過程を述べたもの。
 中野論文は、夷願人として西宮神社に支配されてきた東国の「えびす」たちの形態について考察したもの。
 村上論文は、祇園祭山鉾の近世的変化について論じたもの。特に神性を有する山鉾の形態から、宵山の成立という結論へ導いた論考。
 吉村論文は、日光東照宮の御神忌祭における田楽法師の奉仕形態について論じたもの。江戸時代・大正時代・昭和時代に区分して、その変遷を明らかにした。
 大森論文は、白雲神社の成立過程や楽神妙音天像に対する藤原師長や西園寺家の信仰形態について述べたもの。
 高橋論文は、中世後期、北野社と西京の関わりを論じたもの。御供所八嶋屋に注目し、その存在形態を明らかにした。
 貝論文は、中世北野社松梅院主禅予による社領復興について論じたもの。特に所領注文の分析を通して、その実態を究明した。

 以上概略にとどまったが、本論集は労作の結集であるといってよい。ただあえて注文を付すならば、次のようなことがあげられる。
 本書は日次紀事研究会のメンバーで構成されているのにもかかわらず、各執筆者が専門とするテーマに特化した論文構成となっており、何ら『日次紀事』自体に対する史料研究はなされていない。本史料は十七世紀後半、京都の儒者・医師であった黒川道祐によって著されたもので、さまざまな資史料を参考としつつ編纂されたものと考えられるが、記述内容に関しては一考すべきところも散見される。それゆえに、書誌学的考察を踏まえた『日次紀事』の史料学的研究論文を、せめて序章として飾って欲しかったところである。
 ちなみに『日次紀事』は「ひなみきじ」と訓読みしているが、正しくは「にちじきじ」と音読みすべき史料であるとも指摘されている(伊束宗裕氏〈京都市歴史資料館〉のご教示による)。いずれにせよ、さらなる研究の進展が第二冊目の論集となってあらわれるよう願うばかりである。同研究会に入会して勉強したいと思っている方を始め、多くの研究者に一読していただきたい。
(うの・ひでお 京都市歴史資料館統括主任研究員)


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