全国歴史資料保存利用機関連絡協議会編『劣化する戦後写真』

評者:荒木臣紀
「アーカイブズ学研究」14(2011.3)

 デジタルアーカイブという言葉が世に広まり、地域への密着が注目を浴びて久しい。私も本書で紹介されている尼崎に程近い、京都市でのデジタルアーカイブ研究会に参加して、写真資料を活用する面白さと歴史学的な可能性を体験した。そこでは京都市内から戦後写真だけではなく、もう少し古い写真も含めた資料を借りて、画像のデジタル化を行い、大型スクリーンに映し出した画像を研究会のメンバーで様々な情報を読み取り、記録していく作業だった。デジタル化しているため、注目したい部分の拡大縮小などが容易でかつ、参加者全員で読み取りを行うので迅速で精度がいい。例えば画面の端に写っている雑誌のタイトルをスクリーンに拡大して読み取り、発行の期間から写真が写された時期などの推定を全員で行い、その場でインターネット検索をかけるなどの作業を通して写真の持つ多くの情報を読み取ることなどができ、写真資料の持つ可能性に驚いた。これが普通のプリントやガラス乾板等で同様の作業を行った場合、取り扱いに気を使うだけでなく、読み取りに関われる人数も限られるのでこのような作業は不可能である。まさにデジタル化の恩恵を体感した実に楽しい作業だった。この京都市での研究会には多くの歴史学者が参加していたので、本書で紹介されているような調査票も作成され、借用時の聞き取り調査なども終えてまとめてあった。その資料をもとに月1回、火曜日の夜に研究会を開き、様々な職種や経歴を持つ近隣のメンバーで先述の作業をしていた。写真の保存や修理を専門としていた私のそこでの役割は、写真資料から写真技法を同定して、その技法が使用されていた年代の提示、写真の損傷具合の判断、保存方法の提案と研究会メンバーへの簡単な保存処置のレクチャーであった。そして1点だけだがクリーニングとハウジングという保存処置を行った。

 本書は平成19年1月25日に尼崎市立総合文化センターで行われた全国歴史資料保存利用機関連絡協議会(全史料協)資料保存研修会・近畿第87回研究例会の報告を中心に2つの写真資料の保存に関する特集を加えることで、初めて写真資料の保存に携わる人が現場で困らないように写真資料の保存に関しての必要な知識、考え方などをまとめた実践的な一冊である。本書の構成は写真資料を扱う様々な立場の人間によって書かれたV部構成を呈しており、T部とU部は調査に関する内容で構成され、U部とV部の間には漠然としていて、あまり知られていない写真の細かい技術変遷の歴史、技術的、物理的な側面を2つの特集で紹介している。これら2つの特集は、本書のT部からV部の内容を補完するのに必要訓育報が特論と研修会でのレジュメという形で挿入されている。V部は研究例会当日の基調報告と事例報告に関する質疑応答をQ&A形式で編集者による責任編集を行い、読みやすくした内容になっている。

 本書第T部は、写真資料の調査に関する内容が述べられており、この本の中心となった研修会のプログラムに出版を機に追加されたものである。
 第1章は写真資料が持つ様々な要素を述べている。その中で「あるがまま」な写真資料の画像からだけの読み取りだけでなく、同時に聞き取り調査、外部者による内容の考証の重要性を述べている。しかし、聞き取りに際し記憶が意外に危険を含んでいることへの忠告も述べられていて、調査現場と読み手の距離を近く感じさせる。
 第2章は写真資料の整理方法について、3つの分野から解説している。写真資料の整理で最も難しいのは判断基準を確立することであり、さらには、確立した判断基準を共有することも準じて大切であることがこの章で述べられている。本章では最初にデータ化の方法について、ナンバリング、分類、項目付けなどの「基本データ」整備をかなり詳細に資料整理の現場から得た内容を述べ、次に、ここまで述べてきた内容をふまえて写真資料を形あるものに仕上げていく「管理データ」の整備方法について述べている。この部分も、後で登場するボランティアの方への作業移行を考えた、かなり詳細に判断基準を述べていて、実務に携わる人間として大変参考になる。最後に「ものデータ」として、物質としての写真資料の分類、劣化の種類や保存方法など、保存カルテやコンディションレポートを記入する際に必要な観点から写真資料が持つ情報について分かりやすく述べている。また、劣化の項目では各劣化要因に対しての対処方法についても一部記されているが、写真は修復よりも保存に重きを置くというスタンスに好感を覚える。また、この章は後に登場する2つの特集と一部内容が重複しつつ、補完しあった構成になっている。
 第3章は写真資料の活用へ欠かせない調査票の整備について述べているのだが、「調査現場で個々のケースによって、記入するマニュアルを変更したり、追加したりせざるを得ないのが常である。」という一文は、著者が現場にて痛感したのではないかと察することができ、私同様、著者が経験した状況に共感できる読者も多いのではないだろうか。この章の最後では資料のデジタル化についてメリット、デメリットについても言及している。デジタル化、つまりはマシン・リーダブルの資料となることで、資料保存が持つ不安定要因の一つである記憶媒体の進化、マイグレーション(記録媒体の移し替え)などにかかる継続した費用の必要性、デジタル化後に原資料が軽んじられることが想定されるなど、課題の多さからくる不安な気持ちが文章に表れ、共感を誘いながら章を締めくくっている。
 デジタル化に伴い必ず話題になるのは記録媒体の進化に伴って起きる「データが読めなくなる」という問題には触れているが、記録媒体自体の物質としての信頼性など抱える保存的観点からの問題点、記録媒体が物理的に損傷を受けた場合の記録媒体の修復(復元)方法については言及していない。ここまでの論じ方からして何らかの言及があると思って読み続けていたので、この点は残念である。以前の日本写真学会画像保存セミナーにおいてCDやDVDディスクの修復を行っている方に記録メディアの物理的損傷について現状の体制について質問したが、回答は「少々の汚れ等は研磨などでデータの読み取りが可能になるが、ディスクの歪み、破損等による修復は行われていない」というものであった。その後、記録メディアの物理的損傷に関する修理の話で進化があったとは聞かない。そのためなのか、最近はデジタル画像を保存するために、デジタル画像をゼラチン印画紙に焼き付けて保存することが行われている。

 第U部は尼崎市立地域研究史料館の写真資料の種類、館での活用方法から地域における写真資料の役割や重要性を述べている。また、ここではボランティアの方と写真資料の関わり方や、実際にボランティアの方が行った資料整理の実践についてかなり細かいノウハウまで述べていて大変参考になる。
 第U部第1章は尼崎市立地域研究史料館の機能や収集されている資料の種類の紹介、取り組みなどが述べられ、第U部第2章は尼崎市立地域研究史料館で行われた、また現在も行われている写真資料の整理を実際に尼崎市広報課から移管された写真資料の整理作業を通じて紹介している。その整理作業の流れは整理ボランティアの募集から始まり、実際の作業、使用した整理表等の紹介や、作業中に発生した問題点まで順を追って資料化への流れをまとめている。ここで発生した問題点として、酢酸セルロース(TAC)・ベース・フイルムの加水分解劣化である「ビネガー・シンドローム」の発見と対処についても順を追って紹介している。この問題は多くの資料収集施設で抱えている問題なので、深く読むことができる。
 第U部第3章は「ボランティアの目」からとあり、写真資料の持つ、意義、価値、面白さなどから、写真資料の必要性を述べている。私が京都市の研究会で経験したのはこの部分であり、写真資料の持つ価値や可能性を見出すことができる重要な章である。活用と保存は一見、相反する作業である。活用すれば何もしない状態より資料の劣化は進行するが、本書で取り上げている「戦後写真」は活用することで地域における資料の価値が高まり、資料保存が重要視され、しっかり保存された資料がまた活用されるというサイクルに入れるのではないかと考える。これは「活用することで保存する」という、戦後の写真資料の保存方法の解決策の一つとしていいのではないかと考える。しかし、むやみやたらの活用は資料の劣化を進めるのは間違いない。活用には適切な保存処置と適切な利用方法(デジタル化を含むハンドリング)が求められ、そのためにも写真資料の物質としての側面を正確に捉えるのが必要であり、本書に記載されている2つの特集のような知識が必要になる。

 本書第U部の後に特論として、写真資料の保存を担当なさっていた方による、物質としての写真資料の説明と保存方法、写真資料の保存方法に関する日本工業規格(JIS)の紹介など、第T部と研修会レジュメの橋渡しを行うような内容が述べられている。この特論中の図2「写実保存のトライアングルの法則」では写真資料の保存結果が写真材料、現像条件、保存条件の3つで作るトライアングルによって決まると三角形を描いて説明されている。そして、保存条件の低下が悪い保存結果を招くと論じられており、その感覚は理解できる。しかし、本書内での図では保存条件が25%になった際、保存結果が25%になると書かれているが、図中で保存結果が作るトライアングルの面積が25%になっているとは考えられず、図示することで読者が混乱するのではないかと考える。この説明の場合、保存結果を導き出す際に用いる係数の一つとして保存条件を論じるのがよいと考える。

 特論の後にある研修会レジュメは、写真資料の保存に際して第T部でも特論でも問題になる様々な写真技法について、歴史、特徴、同定(アイデンティフィケーション)方法について述べている。この特集は加筆され『写真保存の実務』として岩田書院から2010年に出版されているので、本書と併せて読むと効果的に写真資料の保存について深く学ぶことができると考える。
 最後の第V部でも質問が出ているが、写真資料の保存について学ぶには実践が欠かせない。しかし、これをなかなか経験することができないのが現状である。この研修会レジュメで紹介されている写真技法の同定には実際に多くの技法を見たり触れたり、実際に制作してみたりして、特徴を学び、初めて可能になる。本書や加筆された本を読んだだけで実際に技法の同定ができるようになるかというと、それはあり得ない。基本的な写真技法は約60種類といわれ、そこから派生した技法を計算に含めると一桁増えることを考えれば、当然のことである。写真技法の同定は先述の書物などを脇に写真資料を見て、答え合わせを行い、正解を重ねることで確立されていくテクニックであり、写真資料の保存を実践しながら学んでいく機会があれば、調査票の作成なども含めてその際に学ぶことができる。しかし、先にも述べたが、実践する機会の少なさが今の日本における写真資料の保存教育では足りない部分である。
 ただ、様々な写真技法の同定ができないからといって、写真の保存が行えないことはない。なぜなら本書で取り上げている戦後写真はほとんどがゼラチンシルバー・プリントであり、当レジュメで示されているような様々なプリントを同定する技術のすべては必要ない。つまり、1,2種類の技法だけを同定する技術で分類を行い、それ以外は「その他」として処理を行うことだけでも、十分効果をあげられると考えられる。例えば、本書で取り上げている尼崎市でのボランティアの方々による写真資料の整理にはゼラチンシルバー・プリントが識別できることと、ネガを同定する技術(硝酸セルロースと酢酸セルロースいずれかの識別技術)でほとんどの作業が賄えるのではないだろうか。本書でも紹介されているように、経歴も様々で、多くの人間が携わる写真資料の整理には目的に応じた違った教育が求められていると考える。しかし、日本の写真保存の教育や、写真資料の保存現場においてはこのような目的に応じた教育が行われていないのが現状であり、また、そのような教育方法を記述した中心的な資料はない。
 少し脇道に逸れるが、本書においても、一般的にも硝酸セルロース・ベース・フィルムは保存が難しく、写真資料の保存では肩身が狭いので、あえていい部分を紹介しておくと、しっかりした低温管理ができる場合は三酢酸セルロース・ベースのフィルムより丈夫であるという実験結果がでている。ただ、電気代の高い日本国内でこれができている保存機関があるか私は知らない。火災発生による資料の消失といった危険と資料価値を天秤にかけた場合、多くは複製を作りオリジナルは廃棄することが勧められており、妥当な処置だと考える。
 さらに付け加えとして、三酢酸セルロース・ベース・フィルムと硝酸セルロース・ベース・フィルムとの識別方法について述べると、その方法は破壊、非破壊それぞれに2種類ずつあり、設備やスタッフの種類によって選択することが可能である。フィルム資料のサンプリングが少量でも可能な場合は『写真の保存・展示・修復』(日本写真学会画像保存研究会著、武蔵野クリエイト、1996年)でも紹介されている、薬品を用いた識別方法と、全反射型(ATR)フーリエ変換赤外線分光分析装置による分析で識別が行える。両方とも設備を整える必要はあるが、後者の分析機器は都道府県の工業(産業)技術センターや理系の大学では設置されていることが多く、簡便かつ確実、短時間で済むので利用をお勧めしたい。都道府県に設置されている工業(産業)技術センターは一般の使用が時間単位で可能であり、小額の費用で行うことが可能である。その際に硝酸基が持つ吸収スペクトルの特徴を知らない場合は、確実に技法が分かっているフイルムのサンプルと一緒に分析を行う必要がある。なぜなら、データによるフイルムの違いは分かったが、どちらの結果がどちらのフィルムであるか分からなくなるということに陥るからである。フィルムのサンプリングが不可能な場合は、フィルムを手に持って振った際に出る音が違うので識別が可能である。また、偏光フィルターを用いて光を当てることでも識別は可能である。ただ、これらは簡便で設備も少なく済むが経験がないと識別はできないというデメリットがある。
 共著であるためなのか、本書において、三酢酸セルロース・ベース・フィルムの用語の統一がとれていない。三酢酸セルロース・ベース・フイルムが登場すると、化合物名だけであったり、物質名であったり著者それぞれがまちまちに使っており、表記が出るたびに戸惑いを覚える。

 第V部は写真資料の整理に関わることによって多くの方が持つ疑問(18個)をQ&A形式を用いて具体的に答えることで写真資料の保存について、より深い部分まで紹介している。その質問範囲は写真資料の定義から、保存修復、著作権にいたるまで幅広く展開されており、特に自分の専門外である部分では大変参考になるQ&A集になっている。記載されている質問が、当日に出たすべての質問ではないと記載があるが、このような質疑応答が研修会当日に交わされていたかと考えると、出席できなかったことが残念で仕方ない。

 本書の中心となった研修会が催された当時、私は奈良市に住んでおり、この研究会開催を知った時、距離的にも近く、是非とも参加したいと考えた。しかし、1月末は当時勤めていた会社の繁忙期にあたり、参加を見送り、当日は働きながら悔しい思いをしたことを今でも覚えている。本書には研究例会のチラシ、例会後に掲載された新聞記事も紹介されていて、この書評を書くにあたり再び悔しい思いをさせられている。本書で例会の案内を見たが私のように仕事との兼ね合いで出席できなかった人間や、尼崎との距離から参加を見送って悔しい思いをした人間には会の様子や内容を知ることができ、かつ写真資料のアーカイブ現場から発せられた写真資料を保存する最前線の現状や関係する情報までも知ることができる嬉しい一冊であることは間違いない。


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