渡邊大門著『戦国期赤松氏の研究』

評者:天野忠幸
「歴史と神戸」286(2011.6)

 著者の渡邊大門氏は、現在の兵庫県・岡山県・鳥取県域の武家権力に関する論文を、十数年にわたって発表してきた精力的な研究者である。そうした著者が、既発表の論文の一部を山名氏と赤松氏を中心に再編成し、研究史の整理と問題点、結論を新たに加え刊行した。
 そもそも、戦国時代の研究は、それまで室町幕府を支えてきた守護の衰退と、それに代わる戦国大名の台頭として描かれやすい。そのため、一時は一族で十一か国の守護となった山名氏や、播磨・備前・美作の守護職を握った赤松氏は、共に侍所所司を勤め、評定会議に加わった幕府の重鎮として、室町幕府の研究で取り上げられこそすれ、その支配分国ではどのような権力であったのか、特に応仁の乱後の姿については、はとんど明らかにされてこなかった。
 しかし、武田信玄や上杉謙信、毛利元就など、戦国大名と一般的に呼ばれる権力体が成立した時期や地域は非常に限定的であり、むしろ稀な存在である。
 それに対して、山名氏や赤松氏は織田政権末期まで生き抜き、一定の地域支配を実現している。すなわち、今川氏よりも長く、武田氏と同時期まで生き残った権力であったことを忘れてはならない。
 まず、山名氏に関する論文集の目次をあげる。
『中世後期山名氏の研究』(日本史史料研究会、二〇〇九年)

 *以下、同書に関する目次・内容紹介は省略。

 次に赤松氏に関する論文集の目次を示す。
『戦国期赤松氏の研究』(岩田書院、二〇一〇年)
 序章(新稿)
 第一部、赤松氏と守護代・国人層
  第一章、西播守護代赤松政秀の権力形成過程(初出二〇〇二年)
  第二章、東播守護代別所則治の権力形成過程(一九九八年)
  第三章、戦国期における播磨国一宮伊和神社と宇野氏(二〇〇四年)
  第四章、赤松春日部家の基礎的研究(一九九九年)
  第五章、美作地域における奉公衆の研究(二〇〇九年)
  付論1、戦国初期の宇喜多氏について(二〇〇六年)
  付論2、中近世移行期における宇喜多氏の権力構造(二〇〇七年)
 第二部、戦国期赤松氏の領国支配構造と展開
  第一章、戦国期赤松氏の領国支配の構造(二〇〇八年)
  第二章、戦国期赤松氏の領国支配の展開(二〇〇八年)
  終章(新稿)

 第一部第一章では、赤松政秀が守護代の出自であることを明らかにし、国内の有力者である浦上則宗が在京する間隙を突いて、支配体制を構築するが、守護に成り代わるには至らなかったとする。その後、龍野赤松氏は在地の裁判権などを掌握し、守護から自立して地域権力化するという。
第二章では、別所則治が赤松氏に新興勢力として登用され、与えられた軍事指揮権を挺子に勢力を拡大し、守護代に任じられたことを明らかにした。別所氏もまた地域権力として成長していく。
 第三章では、赤松氏は応仁の乱以降、一宮伊和神社と関係を深めていくが、その勢力が縮小すると惣社と関係を深め、伊和神社の保護は宍粟郡の郡代宇野氏に委ねるようになると指摘する。これを契機に、宇野氏は祭祀権を掌握し地域権力化するという。
 第四章では、美作守護の赤松貞範にはじまる有力庶流家の赤松春日部家を検討し、将軍の御供衆として活動する独自なあり方を示す一方で、幕府の衰退により地域権力化できなかったとする。
 第五章と付論1及び2では、赤松氏の非本国を取り上げている。美作の奉公衆の多様な活動を分析し、在地性が強い三浦氏を除くと、幕府が衰退する十六世紀初頭には姿を消したことを明らかにした。また、備前の宇喜多氏は、浦上氏と主従関係になく、自立した領主権を持っていたこと、浦上氏との関係は軍事的な従属レベルないし同盟関係であること、守護の支配機構に属さないことを指摘する。
 第二部第一章と第二章では、赤松氏の守護職は、幕府の任命や守護代・国人の意向に制約されていたと評価する。そうした赤松氏は家法の制定や奉行人制の整備を行うが、やがて守護代・国人層が支配機構の一翼を担い、それを梃子に地域権力化していくとする。そして、最終的には、守護赤松氏も一地域権力化したとした。
 終章では、赤松氏も山名氏と同様に、守護という権威のもとに守護代・国人・被官人が共通利害を達成するために結集する「地域的集権体制」にあったが、十六世紀初頭にその体制が崩壊したと主張する。
 このように本書では、守護権を梃子にして地域権力化を図る守護代・国人層の姿を、近年の「戦国期国衆論」や「戦国領主論」などを踏まえて展開している。また、今までの赤松氏研究は本国播磨に偏っていただけに、非本国を取り上げ対比的に論じた手法は意義深い。
 気になる点としては、地図や系図がないため、土地勘がないと戸惑うかもしれない。また、庶流を含む新しい赤松一族の系図を提案して欲しかった。

 この両書の刊行により、今後一層、兵庫・岡山・鳥取の県境を越えた戦国時代の地域像や武家権力の解明が進展するであろう。それは、約百年に及ぶ戦国時代の大部分の時期や、有名な戦国大名が生まれなかった日本列島の多くの地域を研究する際に大きな示唆を与えると思われる。
両書は、研究者だけではなく、大河ドラマなどのブームを越えて、もう一歩深く戦国時代に興味を持たれた方々に、ぜひご覧になっていただきたい。

*本評は、渡邊大門氏の二著『中世後期山名氏の研究』『戦国期赤松氏の研究』を扱ったものであるが、ここでは、そのうちの『戦国期赤松氏の研究』に関する部分だけを採録した。


詳細 注文へ 戻る