植木行宣著『舞台芸能の伝流』

評者:長谷川嘉和
「民俗芸能研究」49(2010.9)

 本書は、著者の植木行宣氏がこれまでに書きためてこられた(1)「民俗として行われる芸能文化についての論考のうち、時代の主流をなした舞楽・田楽・猿楽・人形浄瑠璃にかかわるものを中心にまとめ」(あとがき)たもので、論集の第二巻にあたる。
 第一巻でも「第一章 田楽−その成立と展開」、「第二章 猿楽−その成立と展開」と田楽や猿楽についての論文が収録されているが、これらは一九六八年から一九九〇年に発表されたもので、日本芸能史の研究者である著者が主たる活躍の舞台であった芸能史研究会の『芸能史研究』や全集本などに執筆された論文が納められている。これに対し第二巻は、主として京都府教育委員会在職中に調査刊行された調査報告書等に執筆された、つまり民俗芸能としての舞楽・田楽・猿楽などを対象としている。そして第三巻は、拍子物・風流踊・風流の作り物とはやしについての論考がまとめられている。

 著者は京都府教育委員会文化財保護課に民俗の専門職として長く勤務されたが、京都府域は千年にわたり日本文化の中心であった京都市を包含することから、芸能六斎など他地域では見られない民俗芸能が伝承され、まさに民俗芸能の宝庫の地であり、うってつけの人材であった。そして、他府県に先駆けて府域の民俗芸能の調査とその記録化につとめられた。調査スタイル、報告書の様式がまだ確立していない時期に、後世の手本となる調査報告を次々と刊行されたのである。
 行政機関による調査報告書は、調査をしてその結果を原稿化し事業年度のうちに刊行することが求められるが、時間が限られるため、その通り行うのは至難の業である。それを古典や公家の日記類にも目をやり、芸能史をふまえ、あわせて他府県の民俗芸能分布も視野に入れつつ、調査対象の位置付けをしている。調査報告がただの現状報告で終わるのではなく、一つの論文になっているため調査報告書から切り離して独立した論文として読んでいて少しも不自然さを感じない。収録論文の多くは一九八〇年前後に執筆されたものであるが、今読んでもなお説得力を持ち、内容は色あせていない。
 日頃から著者は、現存する民俗芸能をどの時代に位置づけるかという作業をしなければならない、無形の民俗は眼前で見たものがすべて消え去る運命にあり、歴史史料に記されたことが具体的にどのようであったかを現在に伝える貴重な文化財であると主張される。すなわち、

 無形の文化財は人の身体を介して表現され、表現されると同時に消える宿命をおびている。したがってひとたび伝承が絶えると、それはまるごと失われてしまうわけで、とく芸態といったものの把握はまったく困難にならざるをえないのである。そのような失われた過去を現在に息づかせるのが民俗芸能である(中略)またそこに、民俗芸能が文化財としてもつかけがえのない価値も見いだされるのである。(二五頁〜二六頁)

 これが、著者の文化財保護に従事されて以来、今日に至るまで持ち続けておられる民俗芸能に対する接し方である。
 その上、いつもながら感じることであるが、著者の文章には無駄がない、まさに正鵠を射た表現で簡潔に述べられる。
 初心者や門外漢にはもう少し丁寧な説明があってもよいと思うが、それぐらいの知識を身につけた上で読むべきだとおしかりを受けそうな感じが行間から漏れてくる。
 まず、本書の全容を知るために、少し長くなるが以下に章節を紹介する。

第T章 舞楽・田楽・猿楽
 第一節 松尾寺仏舞
 第二節 田楽の伝承
 第三節 上鴨川住吉神社の神事舞
 第四節 丹後の三番叟
 第五節 獅子舞の伝流
第U章 宮座の祭りと芸能
 第一節 口丹波の宮座の祭り
 第二節 相楽の御田
 第三節 犬甘野の御田
 第四節 宇良神社の延年祭
第V章 大念仏と六斎念仏
 第一節 大念仏と大念仏狂言
 第二節 嵯峨大念仏狂言
 第三節 六波羅蜜寺のかくれ念仏
 第四節 京都の六斎念仏
 第五節 念仏六斎と芸能的六斎
第W章 おかげ踊とその絵馬
 第一節 山城のおかげ踊
 第二節 おかげ踊の絵馬
第X章 火の風流
 第一節 精霊送りと火の祭り
 第二節 佐伯灯籠
第Y章 山・鉾・屋台の祭り
 第一節 山・鉾・屋台の発展と犬山祭
 第二節 桑名の石取祭
 第三節 城端曳山祭の庵唄

 各節を見ると、京都府内の主要な民俗芸能についての論考が並んでいる。本書は第三巻とあわせて、京都府の民俗芸能を見学する際に事前の基本的な知識を得ておくのに最適の専門書である。また、芸能のジャンルによって分冊された第三巻は、京都府以外の民俗芸能に関する論考が多数を収められている。著者の調査研究分野の広がりを示すものである。

 さて、本書の第一章は、「松尾寺仏舞」「田楽の伝承」「上鴨川住吉神社の神事舞」「丹後の三番叟」「獅子舞の伝流」の五節からなるが、いずれも大部の論考で、第一章だけで全頁の三分の一を占める。「松尾寺仏舞」は、福井県境に位置する西国観音霊場の松尾寺に伝承する、大日・阿弥陀・釈迦の六体による仏の舞である。調査報告を下敷きに書き改められたものである。「田楽の伝承」では田囃子から田楽に至る変遷を述べるとともに、京都府および隣接地域の田楽分布を地図化し、府内の田楽についてその楽器編成から分析を試みている。そして、王の舞・獅子舞・田楽という芸能構成を見いだしている。それに加えて、神楽・猿楽・相撲を合わせもつ兵庫県「上鴨川住吉神社の神事舞」はきわめて豊かな芸能構成といえる。一番叟(千歳役)が面箱持を勤めるのが特徴の「丹後の三番叟」でも伝承地を地図で示して視覚的理解を図っている。
 とりわけ「獅子舞の伝流」は、収録論文のなかで未発表原稿を除くともっとも新しい成果であり、我が国に伝えられた伎楽の獅子舞から伊勢太神楽までの流れを論じたものである。渡来系の二人立ち獅子舞と関東から東北地方に多いいわゆる三匹獅子舞や鹿踊りとの関係にも言及し、「芸能史的には獅子舞とシシ踊りはその芸系を異にするものであり、そこには、時代的にも大きな隔たりが存在する。」(一一八頁)と、獅子舞が伎楽の師子から始まるのに対し、シシ踊は中世後期に展開した風流踊りの装いがシシに特化されたに過ぎない。また、「獅子舞には仲間組織で行われるものが少なくない。(中略)風流踊が例外なく地域をあげての行事であるのと決定的に相違するところであって、そこにも獅子舞とシシ踊の芸系の違いが認められる。」(一五〇頁)とするが、東北では仲間を組織して新しい民俗芸能の流派や分派が発生するなど、まだ祭礼芸能化していない面もあり、近畿でいう民俗芸能とはかなり差異がある。近年こうした芸能史的研究成果を評価せず、鹿や獅子の異様な外装にのみ注目した論を展開する向きがあるが、改めて芸能史の立場から獅子舞について論じたものである。

 第二章第一節「口丹波の宮座の祭り」の中に「大井神社の立花」がある。氏子が五組に分かれ、それぞれが松の古木を用いて枝ぶりを作り、松葉、松の荒皮、苔などを取り付けて立花に仕立て大井神社に献花される。伝存する薄端のなかには、池坊専応の『花伝書』にも描かれた古い型をしたのがあるとされ、歴史を伺わせる。平成三年三月に「大井神社の立花行事」として京都府指定無形民俗文化財に指定されたが、民俗の観点からはつい見過ごしてしまう珍しい行事である。この指定に気づき、評者も滋賀県で事例を探したところ、大井神社ほどではないが、浄土真宗の寺院で点々とこれに類したことを行っているのが判明した。
 民俗芸能の伝承地での発生や伝播経路などについては、たいてい資料がなくいつから始められたか古いことは不詳であるのが一般的である。著者は些細な資料も見逃さず、それらを駆使して伝承する民俗芸能がどの時代にまで遡ることができるのか可能な限り追究する、その研究態度は見習うべきものがある。たとえば「郡の六斎念仏」について、他の民俗芸能と同様に「郡における六斎念仏の由来、沿革についてはほとんどわからないが」(三〇三頁)、地名伝説、神輿の新造、仁孝天皇の御焼香式など、見過ごしがちな事柄の関係性から唯一年号のある資料「空也上人御影」の銘文「明治三十七年十一月仏正覚日開眼 (以下略)」の意味を説いてみせる。

 初出一覧を見ると、本書には『京都の田楽調査報告書』(一九七八年)、『京都の田遊び調査報告書』(一九七九年)、『仏舞その他−京都府民俗芸能調査報告書』(一九八二年)、『京都の六斎念仏調査報告書』(一九七九年)などの成果が収められている。これらの調査報告書のうち、『京都の田楽調査』『京都の田遊び調査』から各一編、『仏舞その他』から六編、『京都の六斎念仏調査』から四編が本書に収録されているが、調査報告書で著者が執筆された分量からすればそれはほんの一握りでしかない。これらの調査報告書は評価も高く、貴重な資料となるものであるが、すでに刊行から約三〇年を経過しており、発行部数も限られていたため今では入手も困難となっている。再刊が望まれるところである。

注(1) 大半は既発表の論文であるが、正確には未発表原稿二編を含む。



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