板垣貴志・川内淳史編『阪神・淡路大震災像の形成と受容』

評者:大国正美
神戸新聞(2011.1.23)

 阪神・淡路大震災に関し、人と防災未来センター(神戸市中央区)に保存されている資料は20万件を超える。しかし個人情報という壁もあって、十分活用されているとはいいがたい。また震災後に生まれたり転入したりで震災を体験していない神戸市民は38%。文字通り「歴史的な事象」になりつつある大震災。残された震災資料を歴史研究者としてどう活用し、震災を伝え続けられるか。本書は若手研究者らの野心的な試みの成果である。 第1部では新聞記事を震災記録の一つととらえ、神戸新聞社などの記者たちに記事に込めた思いを語らせる。早くから始まった東京と被災地の温度差に苦しむ記者や、震災で生き延びたのにその後健康を悪化させて死亡した「震災関連死」を提起した記者の営みを浮き彫りにする。「震災障害者」に着目し、行政の姿勢に変化を生んだのも記事の成果の一つだろう。
 さらに神戸新聞デイリースポーツ労働組合などが10年間で11回開催したシンポジウムを分析。記者たちが報道の原点を手探りした体験を語り合った第1期▽復興が進み被災者の状況が多極化し、体験を普遍化することに心を砕いた第2期▽各地の災害現場から記者を集め、被災地を結ぶ取り組みへ進んだ第3期−と、三つの時期に分類。報道の方法や議論の深まり、その変化が記事に反映したと指摘した。
 第2部は歴史研究者として震災資料を読み解く。被災者の描いた絵、手記、被災地で発行されたミニコミ紙から読み取る三つの実例を紹介。その中で震災の絵から被災者のメッセージを拾う手法や、ミニコミ紙を丹念に読み込むことで被災地のニーズの変化を明らかにする。さらに手記を通じて個人的な被災者の経験が、震災後の社会を照射できるとする。巻末には資料保存機関も付けた。
 震災資料は災害を伝えるだけではない。残そうとする人々の営みに着眼した本書は、震災資料から現代史を読む新たな可能性と視点を引き出した。(整理部)


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