中野目徹・熊本史雄編『近代日本公文書管理制度史料集』

評者:小池 聖一
「日本歴史」753(2011.2)

 公文書管理法(「公文書等の管理に関する法律」)の成立・公布に合わせたかのように、タイムリーな刊行となった本書は、明治維新以来の文書管理制度に関する網羅的な史料集 である。「網羅的」と評した理由は、国立公文書館等、多様な所蔵機関および情報公開制度を用いて九二一点もの収蔵史料を収集した点にある。そして、太政官が復興した慶応四年(−八六八)から、戦後の「内閣法」「国家行政組織法」によって各府省の設置が定められた後の法令・規制までを採録している点も「網羅的」である所以である。まず、このような史料集を編纂された編者の努力と、刊行された出版社に敬意を表したい。

 本書の構成は、基本的に二部構成となっている。第一部に相当するのが、公布方法等について定めた公式制度、および行政の中枢機関である太政官・内閣と、これに関連する枢密院・宮内省等の史料である。第二部が、明治十九年(一八八六)に制定された「各省官制」の制定時に存在した官庁に関する史料である。そのうえで、本書では、「各省官制」以降に設置された省庁を関連する各省の後に並べ、戦後に設置された省庁を含めた部分については参考扱いとして文書を採録している。
 具体的に本書を見るならば、前記の第一部に相当する部分は、明治新政府成立以降の公式制度確立への過程に関する史料が採録されている。「公文式」「公式令」の制定、太政官制度、内閣制のもとでの公文書管理制度の整備過程については、詳細な解題とともに本書における白眉といってよいだろう。国立公文書館にて「公文録」「太政類典」「公文類聚」を利用する者にとって大変よい導き手となっている。

 第二部に相当する部分は、解題で二つに分けられている。解題に沿いつつ内容を紹介するならば、まず、外政・軍政関係官庁として、外務省、陸軍省、海軍省が取り上げられている。外務省については、制度整備・拡充の「結果」として公文書管理制度が整備されていった過程が基本的に理解できる。また、陸軍省・海軍省については、参謀本部・海軍軍令部(軍令部)等統帥部を合わせた「陸軍」「海軍」として文書を採録したならば理解が深まったであろう。解題で述べられている陸海軍の省部関係の違いは、軍組織としての違いにあり(昭和八年〈一九三三〉の海軍省軍令部業務互渉規程の成立等により、海軍省から軍令部は独立したが、海軍省の主導性は推持されている)、その意味でも、総体として採録されなかったのは惜しまれる。
 内政・経済関係官庁における公文書管理では、組織の特性に根差した公文書管理がなされていたことが理解できる。公文書編纂への関心が内閣制度下でも継続した内務省。財務監督・指導機関として厳密な文書管理を行った大蔵省。「文書の廃棄に際しての注意がデリケートでなかった」文部省(文部省は戦前期自前の官僚〈高文合格者〉を持たず、内務省からの出向組が組織の中核にあったことも理由の一つであろう)等が紹介されている。解題で「企画型」とした農商務省では、効率的運用が目指されていた。農商務省が農林・商工両省に分離独立をへて、農商省・軍需省への再編後、軍需省で永久保存文書がなくなった点や、解題で指摘されているが、戦後、農林・商工両省として再置された際、商工省が軍需省の処務規程を踏襲したこと等は組織特性を考えると面白い。現業官庁である逓信・鉄道省については、逓信省が内閣制度の成立とともに設置されたため、整合的な文書管理制度を有していたこと、農商務省同様、原局の独立性が強いという特色を有すること等が解題を通じて指摘できる。解題は、戦後の「湮滅」もふくめて多くの文書が失われたこともあり、現在の残存状況も含めた言及がなされている点で有用である。第二部の各省部分は、各省の組織的特性が文書管理にまで影響をおよぼした実態が理解できる。残された記録・文書も独自の特性を反映させたものとなっており、ある意味で各省庁独自の「文化」を形成していたともいえよう。なお、本第二部について惜しまれるのは、文書管理の「総体」の把握が困難であるため、事務処務規程の変遷と保存関係規程に採録が限定されたことである。また、拓殖務省・拓務省が「その他」に分類されているが、イギリスの例を引くまでもなく、常識的に外務省の後に入れるべきであろう。

 編者は、本書の目的として、@研究者の公文書利用、A「アーカイブズ学」への寄与、B評価・選別にあたっての執務参考書の三点を挙げている。この三点のうち、@とBを中心に本書を見ることとしたい。
 まず、@研究者の公文書利用という点で、本書は処務規程等を採録しているため、決裁過程について理解でき、また、研究者が探す記録・文書がどこにある(あった)のかを知ることができる。しかし、災害および敗戦による湮滅等のため多量の記録が失われているなか、文書の内容情報を得ることを求める研究者にとっては、代替えできる文書の存在有無と、文書それ自体から得られる情報の多様化の方を求めているのではないだろうか。
 また、Bの点については、本書が「現用」と「史料」の単純な二分法により、基本的に後者しか対象としていないことから見て、現場で移管業務や、評価選別、廃棄・保存に携わっている者にとっての参考書という根拠が希薄である。本書でも明らかなように、現用記録の歴史的文書化は、組織の固有性に大きく依存しており、多様である。それだけに、アーカイブズの現場にいる者にとって、本書は、「史料」分類上の参考とはなるものの、実務上の「執務参考」とはならない(国立公文書館員を除けば)。現場の文書管理実務担当者は、「今」を歴史とする作業を行っているのであり、そもそも「史料」と言ってしまっては、参考とならないのは道理である。
 また、行政機関にとって業務と文書の存在は、いい意味でも悪い意味でも密接な関係にあり、固有の領域として「文書行政」が存立し得る基盤は少ないのではないだろうか。本書の解説3の「おわりに」では、唐突に「文書の個別管理を超え、総体としての公文書を管理し、同時代と将来の国民に対する説明責任を果たす強いリーダーシップがいま求められている」と述べられている。「史料」にとどまれば、現用記録の歴史的公文書化にともなう国民への説明責任は保障されない。このような状況下で「総体」を追求すれば、単なる大きな倉庫を作るだけではないだろうか(解説2が示すように例外は存在する)。さらに、リーダーシップは外なるものではなく、自らの内なるものでもある。この点も考慮されたい。
 最後に、無い物ねだり的な批判ともなり申し訳なく思っているが、本書に続いて刊行が予定されている「地方機関編」への参考となることを願っている。
(こいけ・せいいち 広島大学教授、広島大学文書館長)



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