菅原壽清・時枝務・中山郁編『木曽のおんたけさん その歴史と信仰』

評者:牧野 眞一
「山岳修験」45(2010.3)

 近年、木曽御嶽信仰研究に関する刊行物が相次いで刊行され、また研究発表の機会が設けられることもあった。研究成果として二〇〇二年に菅原壽清氏の『木曽御嶽信仰−宗教人類学的研究−』(岩田書院)、さらに二〇〇七年には中山郁氏の『修験と神道のあいだ−木曽御嶽信仰の近世・近代−』(弘文堂)が刊行されている。また、二〇〇五年には、東京で開催された国際宗教学宗教史会議第十九回世界大会においてパネルを組み発表が行われ、さらに二〇〇七年には第二十八回日本山岳修験学会木曽御嶽学術大会において木曽御嶽信仰に関するシンポジウムや、同じく研究発表も数多く行われた。そして、それぞれその成果は『山岳修験』(別冊 日本における山岳信仰と修験道、二〇〇七年)と『山岳修験』(第四二号 木曽御嶽特集号、二〇〇八年)として刊行されている。こうした学会の実行や成果のとりまとめに尽力されてきた菅原氏と中山氏、そして御嶽信仰における霊神碑の調査研究を続けてこられた時枝務氏らが編者となり、さらに小林奈央子氏と関敦啓氏を執筆者に加え、宗教学・宗教人類学や歴史学・民俗学的な御嶽信仰研究における最新の研究成果をベースに一般の人々にもわかりやすい、いわばガイドブックとしてまとめられたのが本書である。
 まず、本書の構成は次のようである。

第一章 御嶽信仰の成り立ち
 一 日本の山岳宗教と御嶽信仰
 二 覚明さまとお弟子さんたちの活躍 
 三 普寛さまとお弟子さんたちの活躍 
 四 明治以降の御嶽信仰
第二章 御嶽信仰の世界
 一 御嶽神社
 二 御嶽信仰の世界
 三 山に鎮まる神々
第三章 御嶽信仰の広がり
 一 東海地域の講社と霊神さん
 二 関東の講社と霊神さん
 三 広がる御嶽信仰
第四章 御嶽信仰の今
 一 信仰を支える御座
 二 霊神信仰の意味
第五章 御嶽山に登ろう

 巻頭には黒沢の御嶽神社・木曽御嶽本教・王滝の御嶽神社・御嶽教のそれぞれの宮司・管長の方々の序文があり、こうした御嶽信仰を支える神社や教団の依頼と協力があって本書が成立したことがわかる。また、それぞれの章末には御嶽信仰や御嶽講などをテーマにしたコラムが織り込まれている。
 第一章では、中山氏が山岳信仰と御嶽信仰の歴史的展開についてわかりやすく記述されている。とくに普寛行者とその系統の講や、明治以降の教派神道の教団としての展開は詳しく説明されている。また、二節の覚明行者の開山と尾張や木曽福島における講や行者の系譜については、関氏が自身の研究成果を踏まえ、その展開が記述されている。
 第二章では関氏により御嶽神社の歴史が記述され、また菅原氏により御嶽信仰の宇宙観がわかりやすく解説されている。山の信仰の捉え方として「自然と神々と人間」という関係を提示し、御嶽信仰における「大神(普遍的)−諸神仏(選択的)−霊神(個別的)」といった、講や行者の神観念が説明されている。
 第三章では小林氏が東海地域と四国、時枝氏が関東地域における御嶽信仰の広がりを説明している。地域に展開する霊場の存在や、霊神の信仰など丁寧に記述されており、とくに、行者などが死後になるとされる霊神の信仰は、東海地域も関東の講においても興味深い。小林氏は、霊神を神仏と現世に生きる人々との間を「つなぐ」存在であると指摘する。また、時枝氏によれば、霊神碑は御嶽講が主体となり建立するものであったが、今日では行者の遺族が建立したりするなど、一種の供養施設と考える人も出てきたという。四国の事例は、これまでその活動に関する報告が少なかったこともあり、本書の新鮮さが伺える部分である。
 第四章では、菅原氏が現在における御嶽信仰の意味をまとめている。祈祷や御座、そして霊神などの信仰が現在でも展開され、それぞれ重要な意味をもっていることを解説している。
 そして第五章では、中山氏が御嶽山登山の心得を記し、さらに所要時間を記した地図を付して、六つの登山コースをとりあげ解説している。
 さらに巻末には木曽御嶽登山関係機関をあげ、その連絡先などが記されており、また付録として御嶽山登山地図があって登山者に便宜がはかられている。
 本書の特徴としては、御嶽信仰の歴史と共に講(教会)に視点をあて、講の立場からみた御嶽信仰が章やコラムにおいて描かれていることである。そして、それぞれわかりやすく解説されている。地域的な信仰の実態についても詳細に記述、解説されており、登山や信仰を知るガイドブックであると同時に最新の研究成果が盛り込まれたすぐれた学術書となっている。


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