松下正和・河野未央編
『水損史料を救う−風水害からの歴史資料保全』

評者:大橋幸泰
「歴史評論」713(2009.9)

 いうまでもなく、史料を無視して過去の人びとの営為を学ぶことはできない。その史料が現在に伝来したのはなんとなく残存したのではなく、史料を残そうとする多くの人びとの努力によっている。したがって現代に生きる私たちがそうした努力を怠れば史料を後世に伝えることができなくなり人びとの営為も忘れ去られてしまう。
 一九九五年の阪神・淡路大震災を契機に結成された、歴史資料ネットワーク(史料ネット)の活動の重要性は、すでに周知のことである。この一○年余りの間、被災史料の救出を目指して全国各地で行われた史料ネットの活動は、史料保存運動とは歴史学関係者と市民とがともに協力しあって進めていくべき運動であるとともに、歴史研究と科学運動とが表裏の関係になければならないことを、改めて私たちに認識させるものであった。
 本書の主な内容は、二〇〇四年の新潟・福井の集中豪雨や台風二三号による風水害で被災した史料のレスキュー活動の記録である。しかし、本書刊行の意義はその記録にとどまることなく、そうした活動を通じて深められていった水損史料の応急処置の方法と、だれもが史料保存活動の担い手になることができることを、多くの人に伝えようとすることにある。実際、史料ネットはその経験を生かし、これまで関西地区を中心に、水損史料修復のワークショップを何度も開催してその普及につとめている。本書はそのテキストといっていい。このような歴史学の未来にとって重要な活動に関わっている関係者に心から敬意を表するとともに、歴史学関係者はもちろんのこと、歴史に関心を持つ市民にも広く本書が読まれて、史料保存活動の意義がいっそう多くの人びとに理解されることを望む。
(おおはし ゆきひろ)


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