垣内和孝著『郡と集落の古代地域史』

評者:渕原 智幸
「日本史研究」563(2009.7)

 本書の著者である垣内氏は、長年にわたって福島県域の遺跡発掘調査に従事する傍ら、同県域の古代・中世史をめぐる論考を数多く発表してこられた方である。そのため、本書の研究対象も福島県域の古代史のみに限定されているのだが、そのことが書名ないしは副題の形で明示されていないのは、いささか不親切との印象を読者に与えるかもしれない。
 しかし著者は本書のはしがきで、「検討の対象が一つの地域に限定されたことによって、古代の地域史像をある程度まで具体的に復元することができた」との自負を述べ、さらに、古代陸奥国南部と東国諸国の共通性を指摘した上で、「本書での検討結果は、古代東国の様相として、ある程度までは一般化できる」と記している。よって、本書にあえて地域を限定しない書名を付けたことについても、著者なりの意図を窺うべきなのであろう。
 本書の構成は以下の通り(はしがき・あとがき等を除く)。

第T部 郡と古代豪族
第一章 古代安積郡の成立
付論1 陸奥国安積郡と阿倍安積臣
付論2 石城・石背両国の成立と廃止
第二章 陸奥国磐瀬郡の古代豪族
第三章 陸奥国磐城郡司の系譜
第四章 会津四郡の成立
第U部 集落の政治性
第五章 古代集落の消長と構造
付論3 竪穴内「貯蔵穴」の再検討
付論4 古代人利腕考
第六章 陸奥国安積郡小川郷と東山田遺跡
第七章 古代集落としての山田C遺跡
第八章 奈良・平安時代集落の諸段階

各章題からも分かるように、第T部は書名にもある「郡」について、主に文献史学の手法から考察し、第U部は「集落」について、主に考古学の手法で考察している。
これらのうち、まず東北史研究の観点から注目すべきは、古代安積郡の範囲や会津四郡の内訳、あるいは東山田遺跡で見つかった建物遺構群の解釈など、多くの論点に関して新説が提唱されていることであろう。特に会津四郡の内訳については、なお細かい検証を要するとはいえ(分郡過程や古代会津郡消滅の年代など)、大筋では首肯すべき見解と思われる。また第U部では、郡山市周辺における発掘調査の成果が丹念に集積・解析されているため、著者が目的とした古代集落の段階的把握が可能となるのはもちろんのこと、同地域の古代遺跡を通覧・検索するための手引きとしても有用といえる。
ただ、こうした成果が東北史の枠を越え、冒頭に引用したような古代東国の様相として、どこまで一般化しうるかについては、著者による具体的な説明がなかったこともあり、やや判然としない部分が残った。むしろ、陸奥の豪族に対する賜姓を考察する際、奈良末〜平安期の陸奥国内の状況をほぼ捨象していたり(特に第二章)、その一方で、古代九州における親族構造の研究をそのまま福島県域に適用しているなど(第五章)、陸奥国南部を無理に他地域と一般化(没個性化)させているかのような箇所も見受けられた。
とはいえ、陸奥国南部と東国など他地域との比較検討は、今後も多くの研究者によって行われてゆくべき作業であろうし、それにあたって、本書の分析が大いに役立つことは間違いない。また前述の通り、本書は古代東北史を考える上で必読の論考を多く含んでいる。東北史研究者はもちろん、関東さらには東日本の古代を研究する総ての人々に、一読を勧める次第である。


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