松崎憲三編『小京都と小江戸−「うつし」文化の研究−』

評者:湯川洋司
「日本民俗学」262(2010.5)

 本書は、成城大学民俗学研究所が実施した「小京都と小江戸−うつし文化の実証的研究−」(平成十九〜二十一年度)の成果報告書である。主題の「小京都」も「小江戸」も、それぞれ範となる「京都」と「江戸」があり、いずれもそれらの「うつし」であると見るのが、本書の議論の骨子となっている。「小」とは、いわば「見立て」であり、各地に乱立してきた「○○銀座」も含めて、そうした「見立て」を各地に輩出させる志向の存在に着目したところが面白い。
 まず、このテーマを考える全体的見取り図が、編者の序論「「小京都と小江戸論」に向けて」で提示される。次いで、山口市(西の京)と島根県津和野町(山陰の小京都)を扱った第T部「小京都をめぐって」に続き、「小京都」とも「小江戸」とも呼ばれた金沢のように、両者の間に立つ都市を扱った第U部「小京都と小江戸の狭間で」を置き、最後に第V部「小江戸をめぐって」を据えている。

 小京都と小江戸を比べた場合、小京都に関しては京都に係わりを持つ全国の多くの自治体が参加している「全国京都会議」があり(巻末の一覧では脱退例も含め六四自治体)、一方の小江戸は六自治体(同一覧)と数が少なく、その違いが興味を引く。
山口市と津和野町の考察では、その小京都ぶりが当地の歴史や観光を軸にして解析される。特に津和野が「小京都」の名を付与され/獲得して行く過程の分析(山田直巳論文、高木大祐論文)からは、今日の一般的な「小京都」のイメージの定着は日本社会の高度成長と表裏一体の関係にあったのではないか、との思いも生じる。
第U部では、金沢市のほか、静岡県磐田市・掛川市が、第V部では、栃木市と千葉県佐原市とが取り上げられ、それぞれに町の成立や特色が祭礼等を対象にして分析されている。
「うつし」文化とは、結局、範となるモデルを写し取りながらも、そこに地域的独自性の展開が認められるもののようである。編者は、たとえば米山俊直の「小盆地宇宙論」を取り上げつつ、「京都と地方文化との伝播・交流にかかわるテーマが「小京都」論にほかならない」(一三頁)と述べている。また、佐原における「江戸まさり」という表現に着目した近野啓史論文は、範を超えて独自に成長する地域文化の性格を示唆するようであり、「うつし」文化という視点から地方の文化や都市を解析することは、日本の国の形や成り立ちを理解する方向へと発展する可能性もあるように思える。


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